<人の振り見て我が振り直せ>は教訓めいているが、同じような内容でこの教訓臭(しゅう)がないのをイタリア語でみつけた
Quello che vedi negli altri esiste in te.
似たようなのはいろいろあるようで
Ciò che vedi negli altri è il tuo riflesso.
Quello che vedi fuori è dentro di te.
日本語に訳せば
人の姿(すがた)にわが身の姿あり。
(気をつけて)人の姿を見れば我が姿が見えてくる。
とでもなるか。
<ふり>は無意識のうちによく使うやまとことばだ。
知らぬ(知らない)ふりをする。
知らんぷりをする。
パリに行ったふりをする画家。
漱石の<こころ>を読んだふりをする。
酔ったふりをして xx する。
金持ちのふりをする。
これは<金持ちぶる>と微妙に違う。
りこうぶる、不良ぶる
は説明がややこしくなる。
思わせぶり
ぶりっ子
男っぷり
英語で gesture という語がああるがあまり聞いたことはない。動詞の to pretend はよく聞く。to pretend は<xxのふりをする、xxを装(よそお)う>。gesture は本場の英語圏よりむしろ日本での方が<ジェスチャー>でよく使われているかも知れない。ネット英英辞典では
gesture
a movement of part of the body, especially a hand or the head, to express an idea or meaning.
"Alex made a gesture of apology"
synonyms: signal, signalling, sign, signing, motion, motioning, wave, indication, gesticulation
これからすると日本語の<ジェスチャー>は意味が少しずれている、
手ぶり、身振りに ズレが生じたのは、<手ぶり、身振り >という言葉はあるが、日本人は基本的にほとんどに手や頭や体(からだ)を使ったジェスチャーはしないからだろう。
日本語の<ジェスチャー>
2)真意とは違った、ときには真意を隠すためのしぐさ。
1)は<思わせぶり>にかなり近い、<単なるジェスチャーだろう>、<ジェスチャーが見え見えだ>などというので、多くは簡単に見破られてしまうようだ。<ふり>の方も上にあげた例文では簡単に見破られてしまうことを暗示している。ところで<しぐさ>は典型的な<やまとことば>だ。
ところが、否定になるとややこしい。
少しもその素(そ)ぶりは見えなかった、見せなかった。
この<素ぶり>は真意を示す、暗示する<しぐさ>と言える。<素=そ>は漢語由来だと思うが、粗品(そしな) 、粗末(そまつ)の<粗(そ)>とは違う。素性(すじょう)、素直(すなお、重箱読み)、素粒子(そりゅうし)という語があるので、<元の>、<本当の>の意味がありそう。
<ふり>は<ふる>の連用形の体言(名詞)用法。別のポストで<ふるまい>について書いているが、<ふるまい>は、<ふる>の連用形があ<ふり>なので元来は<ふりまい>。したがって<ふり>は<ふるまい>、<ふるまう>の<ふる>と関連がある。というよりはむしろ<ふるまい>が<ふる+まう>なのだが、<まい>が何だかよくわからない。<xx のようにふるまう>は<xx のふりをする>に似たしぐさだが、<xx のようにふるまう>はたいていは他人から見ての表現で、ふるまうひとの意図はあまり関係ない。一方<ふりをする>はふりをする人の<そうふるまう>意図があることを示す。
いったい<振(ふ)る>が<人のふり>、<我がふり>の<ふり>とどういう関係にあるのかが問題だ。つまりはこの<ふり>の語源だ。
昔はたっぷりした袖(そで)の衣服をきていたので<袖をふる>、<ふり袖>、<ない袖はふれない>という言い方に<振る>の意味が残っている。また<ふるまい>も<まい>がなんだがよくわからないが、ひとの動き、しぐさを連想させる。意図的な<袖をふる>は意図的なしぐさにはなる。
<ふり>に似たようなのに<まね>がある。<まねる>の<まね>だ。コンピュータワープロでは<真似>、<真似る>と出てくる。<ものまね>は<まねる>の意味があるが、
とんでもない<まね>をしてくれた。
へたな<まね>はするな。
バカな<まね>はよせ。
そんな変な<まね>をすると、あとで痛い目にあうから気をつけろ。
といった慣用的な言い方がある。<まね>は<しぐさ>というよりは<すること>だが、なぜ<まね>が<すること>の意になるのか。おそらく、<xx して>まずい結果を出すのはよく考えずに<する>からで、これは往々にして人の<真似をする>からではないか。そうだとすると<ふり>との関連が出てくる<ふり>も<まね>もあまり褒(ほ)められたことではないようだ。
<すること>は<する>(連体形)+<こと>だが、<する>の連用形は<し>で、連用形の体言(名詞)用法からすれば<し>で<すること>になるが、
<し>が悪い、よい
とは言わない。この<し>の意味に近いのは<行(おこな)い>。だが<し>は短すぎるが<おこない>は長すぎる。
行いがが悪い、よい
<しぐさ>の<くさ>は名詞なので<しぐさ>は
<する>の連用形<し>+<くさ>になり、文法違反だ。 だがこれは
<する>の連用形<し>の体言(名詞)用法+<くさ>になり、
体言(名詞) +体言
の組み合わせ造語法と見ることができる。
しごと (仕事)
しかた (仕方) - しかた(が)ない。<しがない>はむずかしい。
も同じ。<しまつ>はおそらく
し+末(まつ)
で湯桶読み。純やまとこばなら<しすえ>だろう。
ものぐさ 体言(名詞)<もの>+体言<ぐさ> この<もの>は何だ?
言いぐさ - <しぐさ>と同じ
とりとめがなくなってきたので、ここまでにしておく。
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