コンピュータとスマホの普及で、ある資料、写真を、もっと一般的に言えば<情報、データ>を特定の相手に、あるいは不特定の<パブリック>に転送する、<シェアーする>機会は多い。<シェアーする>のやまとことばは何か?
<シェアーする>に最も近いのは漢語の<共有する>だろう。<シェアーする>の代わりに<共有する>を使う場合もある。ポイントは<シェアーする>、<共有する>が自分自身が含まれることだ。そしてたいていは自分自身が<シェアーする>、<シェアーという行為をする>主体、発信人になる。
ラジオ、テレビ、新聞のマスメディアの報道は<情報、データ>を主に不特定の<パブリック>に転送することで、<共有する>ことになるが<シェアーする>、<共有する>とはあまり言わない。<一方的に与える>感じが強い。<一方的に与える>は<シェアーする>にならない。
さて<シェアーする>、<共有する>のやまとことばは何か?
<共有する>の直訳は to have together だが、これは<シェアーする>にならない。
やまとことばに<くばる、配る>というのがある。
古いは話になり、想像を含むが、戦後まもなく物資の<配給>というのがあった。原意は<配り与える>だろう。無償とは限らなかった。物資の量が限られていたので皆に渡るように<分配>、<配分>した。<配給>、<分配>、<配分>は<シェアーする>に近い。
<配給>は<配 (くば) り与える>、<分配>は<分け配 (くば) る>、<配分>は<配 (くば) り分ける>だが <配給>、<分配>、<配分>と漢語が優勢だ。
やまとことばの<くばる、配る>には
気を配 (くば) る、目を配 (くば) る
というやまとことば的な言い方がある。
一方<わける、分ける>もやまとことば的で
<分ける>は<わかる>に通じる。だが<分ける>は<分別する>の意が強く、<配る>、<与える>の意が薄い。したがって<分ける>だけでは<シェアーする>の意にならない。
分 (わ) け合う
という言い方がる。
<合う>には<配る>、<与える>の意がないが、<分け合う>とするとなぜか<配る>、<与える>の意が出てくる。
また、少しあらたまった言い方だが
分 (わ) かち合う
という言い方がある。<分 (わ) かつ>は<分ける>の兄弟 (姉妹) 語だ。
<シェアーする>のやまとことばとしては
分 (わ) け合う
分 (わ) かち合う
が有力候補だ。
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