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<ゆとり>と<あせり>、<余り>と<残り>
で、<余り>と<残り>をいろいろ考察してみたが、なかなか面白い。おそらく結論は出ないだろう。これとは別にたまたま<わび>、<さび>を再々検討していたところ、
<わび>、<さび>の最新英語版AI 辞典で
- Embracing Imperfection: Valuing the flawed, rustic, or aged (e.g., chipped pottery, weathered wood).
- Appreciating Impermanence: Accepting that all things are fleeting, changing, and temporary.
- Simplicity and Nature: Focusing on natural materials, textures, and subtle, muted colors rather than opulence.
- The Three Core Truths: According to the The Conversation, it is based on the ideas that things are flawed, things change, and things are never fully finished.
以下略
という解説が出てきた。
Impermanence = 非永久性、一時性
下線部(sptt)は私にとっては新知識。Wikiにもあったてみたとことろ
Wiki
侘(わび、侘びとも)とは、辞典の定義によれば、「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」を言い、動詞「わぶ」の名詞形である。「わぶ」には、「気落ちする」「迷惑がる」「心細く思う」「おちぶれた生活を送る」「閑寂を楽しむ」「困って嘆願する」「あやまる」「・・・しあぐむ」といった意味がある。
本来、侘とは厭う (いとう) べき心身の状態を表すことばだったが、中世に近づくにつれて、いとうべき不十分なあり方に美が見出されるようになり、不足の美を表現する新しい美意識へと変化していった。室町時代後期には茶の湯と結び付いて侘の理解は急速に発達し、江戸時代の松尾芭蕉が侘の美を徹底した以下略
下線部(sptt)
寂(さび、寂び、然びとも)は、「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさを」言い、動詞「さぶ」の名詞形である。
以下略
の方は特に不完全、不十分、不足に関連した解説はない。ここでは詳しく検討しないが、寂 (さび) は<錆 (さ) び>、<錆びる>、<さびしい>由来。 Wekiでは
”
「さび」とは、老いて枯れたものと、豊かで華麗なものという、相反する要素が一つの世界のなかで互いに引き合い、作用しあってその世界を活性化する。そのように活性化されて、動いてやまない心の働きから生ずる、二重構造体の美とされる[6]。
[6]『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
”
というわかりにくい説明がある。 さらに
”
寂に積極的な美を見出したのは平安時代後期の歌人藤原俊成(しゅんぜい・としなり1114-1204)であると一般に言われる。歌の優劣を競う「歌合(うたあわせ)」の席で、歌の姿を「さび」ととらえ、それを評価したのである。歌われる「さびしさが重要な要素で、」「その寂しさを評価」した。
俊成の子定家(さだいえ・ていか1162-1241)は「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮」(『新古今和歌集』363番)と詠み、夕暮れの静けさや寂しさを歌った。ここにも静けさや寂しさのなかに美を見出したことが示されている。
”
<錆 (さ) び>、<錆びる>から<古びる>、変化する(不易)、不永遠、一時的の意見が出てくるが、やまとことばでは<はかない>というのがある。<はかなさ>に美を見い出すことはできる。
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<ゆとり>と<あせり>、<余り>と<残り>
を読み返してみると、<残り>に関連しては不完全、不十分、不足使った説明が多い。
”
<残り>、remaining はやっかいで
(中略)
言い換えると<未達>、あるいは<不十分>を表している。背後に<未達>、あるいは<不十分>の意識がある。これも重要なコンセプトだ。<未達>の<未>中国語では重要で、<いまだxxせず>。未完、未熟。<背後に<未達>、あるいは<不十分>の意識がある>と書いたが、ある意味では<達成>、<完了>の意識があるとも言える。
”
beauty in imperfection, impermanence, and incompleteness.
Embracing Imperfection:
中世に近づくにつれて、いとうべき不十分なあり方に美が見出されるようになり、不足の美を表現する新しい美意識へと変化していった。
は難しいところだ。
どう解釈すべきか?
英語に
I miss you.
という言い方がある。I love you. に近い意味だが、遠回しの言い方だ。missing は<欠けている>で
I miss you.
は
I feel that you.are missing.
と言いかえることができる。簡易ネット英和辞典では
私はあなたがいなくて寂しいです。
という翻訳調の訳がある。<寂 (さび) しい>は普通 lonely と訳され、逆翻訳すると
I feel lonely that you.are missing.
になるが、これはおかしい。
<わび>の由来の<わびしい>は難しく、<さびしい>ではない。どちらかというと<悲しい>、sad だが、これとも違う。英語に sorry という語があるが、多義語で
I am sorry. は<すみません>以外に、原意に近い<私は悲しい>の意味もある。
男女関係を忘れて、一般化すると。missing <欠けている>は<わび>に通じるところがある。だがこれを<美>にまで昇華させることができるか?
sorry は多義語と書いたが
I miss you.
I feel that you.are missing.
は
I feel sorry that you.are missing.
とも言えるが、この sorry はどういう意味か?
sorry の<かなしい>の意味を含む詳しい解説はアメリカ系の merriam-webster にあり
https://www.merriam-webster.com/dictionary/sorry
というもの。
sorrow と sorry は同源だろう。sorrow はかなり<わび>に近い。 しかも sorry にsorrow と同時に sympathy の意味があろところがミソだ。
I'm so sorry for your loss.
では sympathy の意味が強そう。日本語では<気の毒だ>、<残念だ>という言い方がある。
We were very sorry to hear the news.
は場合によって(ニュース内容によって) <気の毒だ>、<残念だ>、<かなしい>などになる。
feeling regret or penitence
regret 後悔、残念penitence 悔 (く) い、自責の念、良心の呵責
sptt