<圏論(Category Theory)>、<体論(Field Theory)>に続いて<環論(Ring Theory)>のやまとことばに挑戦。<環(かん)>は循環バス、環状線と熟語で使われる漢語で、<一回(ひとまわ)りすると元の場所にもどる>で意味で使われている。単独では使われないようだ。したがって<還(かん)は . . . . . . >と言うの耳にしても何のことだかわから意だろう。相当するやまとことばでは指輪(わ)、輪(わ)ゴム、浮き輪(わ)の<わ>があり、<輪論(わろん)>でもよさそう。いっぽう平和の<和(わ)>は漢語だ。<和を以て貴しとなす>は相当古い日本語だが、当時はすでに知識人には漢語、漢字の影響があったので<輪(わ)を以て貴しとなす>ではないだろう。だが<輪(わ)を以て貴しとなす>がナンセンスとは言えない。
指輪(わ)、輪(わ)ゴム、浮き輪(わ)の<輪>も円状あるいは<一回りすると元の場所にもどる>形(カタチ)、構造をしている。<輪論(わろん)>は<場の理論>になっらて<輪の理論>がよさそうだが、耳で聞いただけでは<和の理論>にもなるので、少しくだけて<輪っかの理論>でもいい。問題は Ring Theory が<”一回りすると元の場所にもどる” 形(カタチ)、構造をしている>をもとに(中心に)展開しているかどうかだ?
かなり高い確率の結論を先に行ってしまうと、環論(Ring Theory)の創成期は<”一回りすると元の場所にもどる” 形(カタチ)、構造をしている>対象が中心であったようだが(下記の注を参照)その後は範囲をどんどん広げていってしまったようだ。
環(数学)-歴史(Wiki-Japan)
1880年代にデデキントが環の概念を導入し、1892年にヒルベルトが「数環」(Zahlring) という用語を造って「代数的数体の理論」(Die Theorie der algebraischen Zahlkörper, Jahresbericht der Deutschen Mathematiker Vereinigung, Vol. 4, 1897.) を発表した。ハーヴェイ・コーエンによれば、ヒルベルトは "circling directly back" と呼ばれる性質を満たす特定の環に対してこの用語を用いている。
英語版のこの箇所はもう少し詳しく
Ring (Mathematics) - History (Wiki)
Hilbert
The term "Zahlring" (number ring) was coined by David Hilbert in 1892 and published in 1897. In 19th century German, the word "Ring" could mean "association", which is still used today in English in a limited sense (e.g., spy ring), so if that were the etymology then it would be similar to the way "group" entered mathematics by being a non-technical word for "collection of related things". According to Harvey Cohn, Hilbert used the term for a ring that had the property of "circling directly back" to an element of itself. Specifically, in a ring of algebraic integers, all high powers of an algebraic integer can be written as an integral combination of a fixed set of lower powers, and thus the powers "cycle back". For instance, if a3 − 4a + 1 = 0 then a3 = 4a − 1, a4 = 4a2 − a, a5 = −a2 + 16a − 4, a6 = 16a2 − 8a + 1, a7 = −8a2 + 65a − 16, and so on; in general, an is going to be an integral linear combination of 1, a, and a2.(my note
if a3 − 4a + 1 = 0 then a3 = 4a − 1
a4 = 4a2 − a
a5 = a4 a = ( 4a2 − a) a = −a2 +4a3= −a2 +4(4a − 1) = −a2 + 16a − 4
etc. )
I found one more article on Hilbert's "Zahlring".
”
http://hooktail.sub.jp/algebra/RingDef/
環 - 歴史
環という奇妙な用語はドイツ語の (数の輪の意味)から来ており,英語では ,フランス語では と,各国語でもリングを直訳した用語が使われています.この命名者はヒルベルト( です.ヒルベルトは という形をした数の集合を考ましたが, に を一回掛けると になり,二回掛けると になり,というように,この操作を続けていくと の位置がグルグル回っているように見えることが輪のようだと思い,このように命名したのだということです.
”
この説明は<輪>がでてきてわるくない。その後の環論全般の話はかなり範囲が広く深く、長くかなり高級な(わかりにくい)ので、このポストでは<環>のやまとことばの話に限定する。
始めに輪(わ)を取り上げたが、輪(わ)のように一回りしてもとにもどるのが<環>だが、たいていはそれをくりかえす。この<くりかえす>のも<環>と考えられる。<くりかえす>の<くり>は<くる>の連用形で<くり>+<かえす>の複合(合成)動詞だ。<かえる>は重要語で
かえる - 変える、代える、換える、替える、返る、帰る(返る、帰る、は東京発音ではイントネーションが違う)
でここではイントネーションが違う<返る、帰る>が相当し自動詞。他動詞は<返す>、<帰す>だ。さて<くる>のほうも隠れた重要語といえる。<くる>は<来る>の使用頻度が圧倒的に高いため気づきにくいが<くる>にはイントネーションの違う<繰る>、<刳る>がある。
刳(く)る>は<くり抜く>、<えぐる>の<くる>。<環>と関係のある<くりかえす>の<くり>の<くる>は<繰る>だ。この<繰る>は<糸を繰る>の<くる>だが<糸を繰る>ことがなくなった現在では単独ではほとんど使わない。わたしが子供のころですでにおばあさんが使う古語の感じだ。だが複合(合成)動詞では
繰り上げる
繰り返す
繰り越す
繰り下げる
繰り出す
繰り延べる
繰り広げる
<繰り出す>と<繰り広げる>は解説が必要だがその他は日常生活、会計処理(一種の算数)でよく使う。
<繰り出す>、<繰り広げる>は一斉に、一挙に、または大幅に<xxする>と言うよりは<少しずつ>、<一つづつ><続けて、次々と><xxする>といった意味だ。
<くる>+動詞語尾の<む>で<くるむ>となるが<くるむ>は抽象数学でも重要語だ。
くるむ - くるまる - くるめる (完全な<まる-める>動詞だ)
(ひっくるむ - ひっくるめる)
体言(名詞)では
くるま
(当たり前だが<車>の一語で<くるま>と読む。音読みの<しゃ>の一語ではまったく独立性がない。現代の<くるま>の語源はもともとは<くるくるまわる><糸車(いとぐるま)>とか水車の<くるま>だろう。)
繰りごと(言)
順繰り
がある。また接頭辞、または接頭辞と思われる語(音)を加えると
(おくる) 送り出す(<送り入れる>は聞かない)
(さぐる)
(くくる) 首をくくる、括弧(カッコ)でくくる
(くぐる)
たぐる、たぐりよせる 頭の<た>は<手(て))>がなまったもの。
(ひったくる <引き+たくる>)
(まさぐる) <ま>+<さぐる>
(まくる) 競馬で<まくる>、<まくりをかける>と言うのがある。意味を調べてみたが語源がよくわからない。
めくる ページをめくる、トランプをめくる、スカートをめくる(これは<まくる>がなまったものだろう。
めくるめく(*)
(もぐる)
めぐる
(*)<めくるめく>は手もとの辞書(三省堂)は<目がくらむ>という解説があるが<目がくらむ>というよりは<目がくるくるまわる>感じだ。
( )内の動詞のうち
さぐる
まさぐる
くぐる
もぐる
は関係なさそうだが<少しずつ>、<一つ一つ>、<一歩一歩>、<一かき一かき><xxする>ことで、共通している(くくれる)。
上記の動詞例では明らかには出てこないが、環論でもう一つ大事なのは<一(ひと)まとめ一(ひと)まとめて(組にして、集合にして)><xxする>だ。
<xxする>はいわば関数 function、写像 mapでいろいろあるが、たとえばすぐ上の例では<移動(移す)>、<入れ替え>に<繰る>を加えると<繰り移し>、<繰り入れ替え>という語はないが<くくって移す>、<くくって入れ替える>意味と想像できる。
<くくる>は抽象数学では重要かつ頻繁に使われる作業だ。 <環>でも同じく重要かつ頻繁に使われる。
<たぐる>、<めくる>は説明が要らないだろう。これまた<スカートめくり>が常習化してはまずいが、<たぐる>は<少しずつ>、<めくる>は<一つ一つ、一枚一枚>だ。
<めぐる>は
朝昼晩はめぐる。
四季(春、夏、秋、冬)はめぐる。
この<めぐる>は輪(わ)や円周をまわるというよりは直線上で同じことが<繰り返される>感じがある。
一方<ヨーロッパめぐり>は<繰り返し>がないが<一つ一つ、一か所一か所><順に>の意がある。
<順><順序><順番>に関しては英語ではプロトコルというのがあり、<決められた(計算、実施、実行)手順>といった意味だ。マトリックスがややこしいのは直観的な計算ではなく直観的でないプロトコルに従った計算だからだ。環論でも<マトリックス環(Matrix Ring)>と言うのがある。これまたややこしい。
以上から、<繰る、くる>の体言(名詞)形<繰り>を使った<繰り論>が<環論>のやまとことば候補だ。<くくり論>より適用範囲が広い。だが<繰り論>は語呂があまりよくない。さらに<耳で聞いただけでは<栗(論)>と間違いそう。<くるくる論>、新語だが<繰るる論>はどうか?語呂はわるくない。
<くるくる論>はふざけた感じだが、<繰る>を<繰り返す>または<繰る>を二か所同時にやるというはなれわざ。この操作は多項式環ででてくる。多項式環は理解しにくいとことろがあるが、そこが肝心かなめのところで末尾で少し詳しく調べる予定。
多項式環
Jump to navigation Jump to search 数学、殊に抽象代数学における多項式環(たこうしきかん、英語: polynomial ring)は環に係数を持つ一変数または多変数の多項式の全体の集合が成す環である。
英語版
In mathematics, especially in the field of algebra, a polynomial ring or polynomial algebra is a ring (which is also a commutative algebra) formed from the set of polynomials in one or more indeterminates (traditionally also called variables) with coefficients in another ring, often a field.
日本語の方は<環に係数を持つ>のところが誤訳または意味を混乱させるといえ、もとの英語は<with coefficients in another ring(, often a field).)>でこちらが正しい。こまかく言えば<別のもう一つの環に係数を持つ>となる。つまりは多項式環 (polynomial ring)は<繰る>を二組同時にやるというはなれわざ、なのだ。すこし勉強すればわかるが、多項式の係数の<環>の研究が抽象数学を発展させた一面がある。多項式環は理解しにくいとことろがあるが、そこが肝心かなめのところで末尾で少し詳しく調べる予定。
<ふざけた感>がない<繰るる論>に説明を加えると
構成: <繰る>+動詞語尾<る>。文法規則違反のようだがそこがミソ。<繰る>と言う<操作>を強調しているのだ。<繰る>操作を一度、一か所と限ることはない。
(注)偶然だが環論を調べているうちにクルルという人の<クルルの定理>とうのがあるを見つけた。
その他では
同じ穴のムジナ論 (追記参照)
この<同じ穴のムジナ論>は環論だけでなく、体論、群論にもあてはまってしまう。例えば<体論(数学)のやまとことば>でも引用したが
Wiki <Field (Math)> History の中に次の一節がある。
By a field we will mean every infinite system of real or complex numbers so closed in itself and perfect that addition, subtraction, multiplication, and division of any two of these numbers again yields a number of the system.
— Richard Dedekind, 1871
が<体(Body)>の由来とデデキントの抽象代数学の<体とは何か>の本質的な意味の説明だ。本質的な意味を広げれば群や環にも当てはまる。
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追加
始めの方で<このポストでは<環>のやまとことばの話に限定する>と書いたので、以下<環>の理解、ひいては抽象代数の基本コンセプト理解のために勝手に書くのでヒマと興味のある人が読み続けてください。
さて環論(Ring Theory)を勉強すると始めの方に<Ideal(イデアル)>と<Kernel(核)>というのが出てくる。この二つがわからないと広く深い環論の初歩も理解したことにならないので、やまとことばとは別に勉強しておくことにする。
I. Ideal(イデアル)
II. Kernel(核)
Wiki- Japan <イデアル(環論)>
冒頭の解説に続いて<イデアル>の定義があるが、定義よりも冒頭の解説がの方が直観的で分かりやすい。
<イデアル(環論)>の冒頭の解説
"
抽象代数学の分野である環論におけるイデアル(英: ideal, 独: Ideal)は環の特別な部分集合である。整数全体の成す環における、偶数全体の成す集合や 3 の倍数全体の成す集合などの持つ性質を一般化したもので、その部分集合に属する任意の元の和と差に関して閉じていて、なおかつ環の任意の元を掛けることについても閉じているものをイデアルという。
整数の場合であれば、イデアルと非負整数とは一対一に対応する。即ち整数環 Z の任意のイデアルは、それぞれただ一つの整数の倍数すべてからなる主イデアルになる。しかしそれ以外の一般の環においてはイデアルと環の元とは全く異なるものを指しうるもので、整数のある種の性質を一般の環に対して一般化する際に、環の元を考えるよりもそのイデアルを考えるほうが自然であるということがある。例えば、環の素イデアルは素数の環における対応物であり、中国の剰余定理もイデアルに対するものに一般化することができる。素因数分解の一意性もデデキント環のイデアルに対応するものが存在し、数論において重要な役割を持つ。
イデアルは整数の算術から定義される合同算術の方法と同様の剰余環(商環)の構成にも用いられる、この点において群論で剰余群(商群)の構成に用いられる正規部分群と同様のものと理解することができる。
"
先ず第一節目。
<その部分集合に属する任意の元の和と差に関して閉じていて、なおかつ環の任意の元を掛けることについても閉じているものをイデアルという。 >の箇所だが、
この箇所のもとの英文は
In ring theory, a branch of abstract algebra, an ideal is a special subset of a ring. Ideals generalize certain subsets of the integers, such as the even numbers or the multiples of 3. Addition and subtraction of even numbers preserves evenness, and multiplying an even number by any other integer results in another even number; these closure and absorption properties are the defining properties of an ideal. An ideal can be used to construct a quotient ring similarly to the way that, in group theory, a normal subgroup can be used to construct a quotient group.
したがって、<なおかつもとの環の任意の元(すなわち、任意の整数)を掛けることについても閉じているものをイデアルという。>としたほうがいい。何のことはない
偶数 x 偶数 = 偶数
偶数 x 奇数 = 偶数
と言っているのだ。だが英語の説明も偶数(集合、組)につてはいいが the multiples of 3(3 の倍数全体の成す集合)は話が違う。<3 の倍数全体の成す集合>というのは
1 x 3 = 3
2 x 3 = 6
3 x 3 = 9
4 x 3 = 12
5 x 3 = 15
6 x 3 = 18
----
の(3, 6, 9, 12, 15, 18, . . . )の集合(整数集合の部分集合)のことで、この集合は、整数集合や偶数集合と同じく、<環>の性質を持っている、と言うことなのだ。<閉じている>は重要な言葉(内容)。
<その部分集合に属する任意の元の和と差に関して閉じていて、なおかつ(整数)環の任意の元を掛けることについても閉じている>、ということは<3 の倍数全体の成す集合>についていえば
部分集合に属する任意の元の和
3 + 6 = 9
3 + 9 = 12
6 + 9 = 15
部分集合に属する任意の元の差
9 - 3 = 6
12 - 3 = 9
15- 6 = 9
整数環の任意の元を掛けること
3 x 2 = 6
3 x 5 = 15
6 x 3 = 18
となるように、操作(演算)後の結果は<3 の倍数全体の成す集合>の中にとどまる。これが<閉じている>でおもしろいところだ。これは簡単な操作だが<めぐりめぐってもとにもどる>感=環がある。<それでも同じ土俵の中にいる>ともいえる。土俵は輪の形をしている。だが土俵は残念ながらやまとことばではない。やまとことばを使えば<それでも同じ枠、囲いの中にいる>、さらには<つまるところは同じ穴のムジナ>とでもなるか。
日本語訳にはないが、英語の方には
these closure and absorption properties are the defining properties of an ideal.
というのがそのあとに続いている。closure は<閉じること、とじていること>あるいは簡潔に<閉じ>でいいが absorption の訳は漢語の<吸収>がすぐに思い浮かぶが、やまとことばは<吸いこみ>とか<呑(の)みこみ>といったところだ。<閉じ>と<呑みこみ>がイデアルの定義的特質といっているのだ。だが absorption (呑みこみ)の説明がない。説明がないのは、少し考えれば、わかることだからだろうが、たくさん考えてもわからない人もいる。何を absorption (呑みこみ)と言っているのかと言うと
上の偶数集合(整数環の部分集合)のイデアルを例にとると、繰り返しになるが
偶数 x 偶数 = 偶数
偶数 x 奇数 = 偶数
偶数(偶数集合の元)に偶数を掛けて(multiplication)も奇数を掛けても偶数になるということは偶数集合=イデアルの仲間に呑みこんでしまうということで、ある人はこのイデアルの働きを multiplicative absorption あるいは multiplicative absorbent と呼んでいる。<掛け算>で<同じ穴のムジナ>にしてしまう、<同じ穴のムジナ>になる、ということなのだ。<3 の倍数全体の成す集合>でも、上の簡単な例で示したように
3 の倍数全体の成す集合=イデアル(3, 6, 9, 12, 15, 18, . . . )の元に整数環(1, 2, 3, 5, 6, . . . )の任意の元を掛けても同じこと(掛け算による呑み込み)が言える。
3 x 2 = 6
3 x 5 = 15
6 x 3 = 18
Wiki - Ideal (ring theory) には
Definitions
For an arbitrary ring , let be its additive group. A subset is called a two-sided ideal (or simply an ideal) of if it is an additive subgroup of that "absorbs multiplication by elements of ." Formally we mean that is an ideal if it satisfies the following conditions:
- is a subgroup of
というイデアルの定義の解説があり、なおかつ"absorbs multiplication by elements of ." と " " 付きになってる。上の<2.>が "absorbs multiplication by elements of ." に相当する。R は Ring の略でここは整数環のこと。
なぜか日本語訳の方にはこの箇所がない。この箇所の理解には<additive group>と<bimodule>がわからないとかなり不十分だ。しかしこの二つを理解しようとするとどんどん横道にそれてしまうが、ここは<追記>として勝手に書いているので、それることにする。
Wiki <additive group>
An additive group is a group of which the group operation is to be thought of as addition in some sense. It is usually abelian, and typically written using the symbol + for its binary operation.
This terminology is widely used with structures equipped with several operations for specifying the structure obtained by forgetting the other operations. Examples include the additive group of the integers, of a vector space and of a ring. This is particularly useful with rings and fields to distinguish the additive underlying group from the multiplicative group of the invertible elements.
Wiki - Japan <加法群 (additive group)>
加法群 (additive group) は群演算をある意味で加法と考えることのできる群である。それは通常アーベル群であり、その二項演算を記号 + を使って書くのが一般的である。
この用語は複数の演算をもった構造で他の演算を忘れることによって得られる構造を明示するために広く使われる。例えば、整数全体、ベクトル空間、環の加法群。これは環と体で可逆元全体からなる乗法群を加法群と区別するために特に有用である。
第一節はここで説明するが、後半の第二節はわかりにくい。ここは<加法群 (additive group) >と似て非なる<加群(module)>の違いを説明するのが目的なので第二節の説明ははぶく。
第一節
加法群 (additive group) は群演算をある意味で加法と考えることのできる群である。
この説明はきわめて簡単だが<群>とは何かわかれば理解できる。
群論(ぐんろん、英語: group theory)とは、群を研究する学問。 群の概念は抽象代数学における中心的な概念。環・体・ベクトル空間などは、演算や公理が付与された群と看做すことができる。
"
と言う解説がある。、制約の少なさを抽象度の目安とすると、群は環、体、ベクトル空間よりも進んでいることになる。逆に<体>が四則演算に従うのを原則としているので一番抽象度が低い(一番制約が多い)ことになる。<ベクトル空間>というのはなぜか<空間>の名前がついているが、抽象数学では体、環、群と同じく集合の一種。
Wiki-Japan <ベクトル空間>
”
「体 F 上のベクトル空間 V 」とは、後に述べるような、二種類の演算を備えた集合 V のことである。ベクトル空間 V の元はベクトル (vector ) と呼ばれる。体 F は係数体 (coefficient field, scalar field ) と呼ばれる。係数体 F の元はスカラー (scalar ) あるいは係数 (coefficient ) と呼ばれる。ここではベクトルをスカラーから区別するために、ベクトルは太字で表す。導入節では始点を固定した有向平面線分の全体や実数の順序対の全体の成す集合をベクトル空間の例として挙げたが、これらはともに実数体(実数全体からなる体)上のベクトル空間である。
ベクトル空間が備えるべき二種類の演算の一つは、ベクトルの加法と呼ばれ、任意の二つのベクトル v と w とからそれらの和と呼ばれる第三のベクトル v + w を割り当てるものである。もう一つの演算は、任意のスカラー a と任意のベクトル v とから別のベクトル av を割り当てるもので、最初の例でのこの乗法がベクトル v をスカラー a 倍に拡大縮小(スケーリング)するものになっていることから、この乗法は v の a によるスカラー乗法と呼ばれる。
集合 V がベクトル空間と呼ばれるためには、加法とスカラー乗法が(ベクトル空間の)公理系と呼ばれる一連の制約条件に従うわなければならない。
”
ベクトルは学校で習っているが、このような集合的な見方もあるということだ。注意すべきはベクトルの足し算で(これも学校で習う)、変な<足し算>をする。上のスカラー乗法(掛け算)は理解しやすいが、<ベクトル同士の掛け算>はかなり変で理解しにくいが、理屈に合っている、あるいは定理をつくって理屈に合わせているといえる。<defined as xxxx>。
さて<環>は<演算や公理が付与された群と看做すことができる>のだが、逆の見方をするとこれは環から<環特有の演算や公理>の制約を取り除いたもにが<群>になると言える。
<群>の定義 Wiki-Japan
”
集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは、以下の3つの条件を満たすことをいう:
- (結合法則)任意の G の元 g, h, k に対して、μ(g, μ(h, k)) = μ(μ(g, h), k) を満たす:
- (単位元の存在)μ(g, e) = μ(e, g) = g を G のどんな元 g に対しても満たすような G の元 e が存在する:
- このような e は存在すれば一意であり、G の単位元という。
- (逆元の存在)G のどんな元 g に対しても、μ(g, x) = μ(x, g) = e となるような G の元 x が存在する:
- このような x は存在すれば一意であり、この x を g の G における逆元といい、しばしば g−1, あるいは演算を加法的に書く場合には −g で表される。
”
これが群の定義。当たり前のことなので気が付きにくいが
集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が上記の3条件を満たす
ときに群論での特別な意味を持った<群>になる、と言うことなのだ。<G × G>がクセモノで<G掛けるG>ではない。 <G × G>は二項演算の前半。二項演算<μ: G × G → G>の意味はG内の元と元を二項演算すると(しても)結果はGの中にあるという集合的な演算なのだ。そして集合Gと二項演算<μ: G × G → G>の組 み(G, μ) が上記の3つの条件を満たすときその組みは群になる、と言っているのだ。この考え方は重要で<群>以外でも出てくるので、しつこくなるが繰り返す。
集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が上記の3条件を満たす
ときに群論での特別な意味を持った<群>になる。 (もちろん、<群>以外のコンセプトでは3条件ではなくいろいろな条件になる。この後すぐに<アーベル群>が出てくる。
上記の3つの条件は二項演算は<掛け算>のようにみえるが、 Wiki-Japan <アーベル群>の解説では " * " と " + " が二項演算を表わしている。
Wiki-Japan <アーベル群>
”
集合 G に二項演算("*" と書くことにする)が定義されていて、以下の条件
(ただし、a, b, c は G の任意の元)を全て満たすとき、G と演算 "*" の組 (G, *) をアーベル群という。考えている演算があきらかなときは省略して単に G をアーベル群と呼ぶ。
アーベル群ではしばしば演算子を "+" と記す。このとき単位元を零元と呼んで 0 などで表し、逆元も −a のように負符号を用いて表してマイナス元あるいは反数ともよぶ。また、a + (−b) は a − b と書かれ、a から b を引くという減法が定義される。このような記法を加法的な記法と呼び、対して先に述べたような通常の群でよく使われる記法を乗法的な記法ということがある。アーベル群の定義を加法的に記せば
- 結合法則: .
- 零元の存在: .
- マイナス元の存在: .
- 交換法則: .
”
まことにしつこいようだが、忘れないために
”
(集合)G と演算 "*" の組 (G, *) をアーベル群という。考えている演算があきらかなときは省略して単に G をアーベル群と呼ぶ。
”
が肝心なところ。G はGroup の G を意味している。
" * " は <乗法的な記法>、一方 " + " は<加法的な記法>ということになるが基本は<二項演算>。 (注)<アーベル群>では<交換法則>が加わっている。
ところで、まだこのポストの主役の<環>の定義を述べていないが、<環>は
Wiki-Japan
"
定義と導入
原型的な例
もっともよく知られた環の例は整数全体の成す集合 Z に、通常の加法と乗法を考えたものである。すなわち Z は所謂「環の公理系」と呼ばれる種々の性質を満たす。加法 | 乗法 | |
---|---|---|
演算の閉性 | a + b は整数 | a × b は整数 |
結合性 | a + (b + c) = (a + b) + c | a × (b × c) = (a × b) × c |
可換性 | a + b = b + a | a × b = b × a |
中立元の存在性 | a + 0 = a (零元) | a × 1 = a (単位元) |
反数の存在性 | a + (−a) = 0 | |
分配性 | a × (b + c) = (a × b) + (a × c), および (a + b)× c = a × c + b × c |
厳密な定義
環とは、集合 R とその上の二つの二項演算、加法 +: R × R → R および乗法 ∗: R × R → R の組 (R,+,∗) で、「環の公理系」と呼ばれる以下の条件を満たすものを言う)。- 加法群
- (R, +) はアーベル群である
- 分配律
- 乗法は加法の上に分配的である
- 左分配律: 任意の a, b, c ∈ R に対して a ∗(b + c) = (a ∗ b) + (a ∗ c) が成り立つ。
- 右分配律: 任意の a, b, c ∈ R に対して (a + b)∗ c = (a ∗ c) + (b ∗ c) が成り立つ。
よく知られた整数全体の成す集合 Z, 有理数全体の成す集合 Q, 実数全体の成す集合 R あるいは複素数全体の成す集合は通常の加法と乗法に関してそれぞれ環を成す。
"
引用が多く、長くなったが、ここでも<環とは、集合 R とその上の二つの二項演算、加法 +: R × R → R および乗法 ∗: R × R → Rの組 (R,+,∗) で、「環の公理系」と呼ばれる以下の条件を満たすものを言う>と言う論法が出てくる。
またここでも<加法群>が出てくる。Closure は<(演算の)閉性>となっている。耳で聞いただけで<閉性>が何のことだかわからないだろう。
加法群 (additive group) は群演算をある意味で加法と考えることのできる群である。
は加法群 (additive group) は ”ある意味で” <加法的な記法>の群ということなのだ。だが二項演算ではなく群演算とある。また ”ある意味で” がこれまたクセモノだが、詮索しないことにする。
忘れかけているが、以上の説明はの<イデアル>の解説に出てくる<additive group(加法群)>の説明だ。
Wiki - Ideal (ring theory)
Definitions
For an arbitrary ring , let be its additive group. A subset is called a two-sided ideal (or simply an ideal) of if it is an additive subgroup of that "absorbs multiplication by elements of ."
"absorbs multiplication by elements of ." は重要なイデアルの特性(these closure and absorption properties are the defining properties of an ideal.)は上で説明した。
これに続いて
Definitions(続き)
Formally we mean that is an ideal if it satisfies the following conditions:
- is a subgroup of
がある。
さて次に名前は似ているが内容がまったく違う<module(加群)>を調べてみる。まず 上の<bimodule>。
Wiki <bimodule>の日本語版。
抽象代数学において、両側加群(りょうがわかぐん、英: bimodule)とは、アーベル群であって、左加群かつ右加群であり、左右の積が両立しているようなもののことである。数学の多くの部分で自然に現れることに加えて、左右の加群の関係の多くは両側加群の用語によって簡潔に表現される。
これは<加群(module)>がわかっていないといけない。<module> と言う英語がなぜ<加群>という日本語になったのかを調べれば言葉の勉強になるかもしれない。なぜ<加群>という日本語になったわけは、上の日本語<加法群>の説明の一部に関連する。ただし混乱しているのでさらに説明が必要。この混乱については次のWiki のアーベル群の冒頭の解説に見られる。
Wiki-Japan <アーベル群>
”
数学、とくに抽象代数学におけるアーベル群(アーベルぐん、英: abelian group)または可換群(かかんぐん、英: commutative group)は、群演算が可換な群、すなわちどの二つの元の積も掛ける順番に依らず定まる群を言う。名称は、ノルウェーの数学者ニールス・アーベルに因む。
アーベル群は環や体、環上の加群やベクトル空間といった抽象代数学の概念において、その基礎となる加法に関する群(加法群)としてしばしば生じる。任意の抽象アーベル群についても、しばしば加法的な記法(例えば群演算は "+" を用いて表され、逆元は負符号を元の前に付けることで表す)が用いられ、その場合に用語の濫用で「加法群」と呼ばれることがある。また任意のアーベル群は整数全体の成す環 Z 上の加群とみることができ、その意味でやはり用語の濫用だがアーベル群のことを「加群」と呼ぶこともある。
”
つまりは<加法群>、<加群>は混乱しているのだ。このポストは環論についてなので<環上の加群>すなわち module とは何かを見ておく。
Japan Wiki <環上の加群>
"
抽象代数学における環上の加群(かぐん、英: module)とは、ベクトル空間を一般化した概念で、係数(スカラー)を体の元とする代わりに、より一般の環の元としたものである。つまり、加群とは(ベクトル空間がそうであるように)加法的なアーベル群であって、その元と環の元との間に乗法が定義され、その乗法が結合的かつ加法に関して分配的となるようなものである。
任意のアーベル群は有理整数環上の加群であり、したがって環上の加群はアーベル群の一般化でもある。また、環のイデアルは環上の加群であり、したがって環上の加群はイデアルの一般化でもある。このように環上の加群はベクトル空間・アーベル群・イデアルを包括する概念であるので、さまざまな議論を加群の言葉によって統一的に扱うことができるようになる。
"
英語版
”
In mathematics, a module is one of the fundamental algebraic structures used in abstract algebra. A module over a ring is a generalization of the notion of vector space over a field, wherein the corresponding scalars are the elements of an arbitrary given ring (with identity) and a multiplication (on the left and/or on the right) is defined between elements of the ring and elements of the module.
Thus, a module, like a vector space, is an additive abelian group; a product is defined between elements of the ring and elements of the module that is distributive over the addition operation of each parameter and is compatible with the ring multiplication.
”
元の英語と対比しても<環上の加群(かぐん、英: module)>は間違いではないが、加群はもっぱら<環上の加群>として出てくる。日本語版Wikiの<環上の加群>の英語版のタイトルがむしろなぜか module となっている。英語版のmodule の解説も加群(module として)そのものというよりは<環上の加群>(module over a ring)についてなのだ。しかし次のような解説がある。
- K が体ならば、「K-線型空間」(K 上のベクトル空間)の概念と K-加群の概念は一致する。
- Z を有理整数環とすると、Z-加群の概念はアーベル群の概念に一致する。すなわち、一意的な仕方で任意のアーベル群を Z 上の加群にすることができる。これには、n > 0 に対して nx = x + x + ... + x(n-項の和)とし、0x = 0 および (−n)x = −(nx) とおけばよい。このようにアーベル群を加群と見たものは必ずしも基底を持たない。実際、ねじれ元を持つような群は基底を持たない(ただし、有限体をそれ自身の上の加群と見たときは基底を持つ)。
- If K is a field, then the concepts "K-vector space" (a vector space over K) and K-module are identical.
- If K is a field, and K[x] a univariate polynomial ring, then a K[x]-module M is a K-module with an additional action of x on M that commutes with the action of K on M. In other words, a K[x]-module is a K-vector space M combined with a linear map from M to M. Applying the Structure theorem for finitely generated modules over a principal ideal domain to this example shows the existence of the rational and Jordan canonical forms.
- The concept of a Z-module agrees with the notion of an abelian group. That is, every abelian group is a module over the ring of integers Z in a unique way. For n > 0, let n ⋅ x = x + x + ... + x (n summands), 0 ⋅ x = 0, and (−n) ⋅ x = −(n ⋅ x). Such a module need not have a basis—groups containing torsion elements do not. (For example, in the group of integers modulo 3, one cannot find even one element which satisfies the definition of a linearly independent set since when an integer such as 3 or 6 multiplies an element the result is 0. However, if a finite field is considered as a module over the same finite field taken as a ring, it is a vector space and does have a basis.)
ところで、上の説明では
A module over a ring - 環上の加群
(K 上のベクトル空間) - K 上のベクトル空間
a module over the ring of integers Z - Z 上の加群
と言う表現がでてくる。この<xx上のyy(xx over yy)>という言い方が抽象代数学ではよくでてくる。以前に書いた<体論(数学)のやまとことば>で引用したが体論の中の重要な操作体の拡大でも
Wiki-Japan
"
抽象代数学において、体の拡大 L/K は次を満たすときに代数的(英: algebraic)であると言う。L のすべての元は K 上代数的である、すなわち、L のすべての元は K 係数のある 0 でない多項式の根である。
In abstract algebra, a field extension L/K is called algebraic if every element of L is algebraic over K, i.e. if every element of L is a root of some non-zero polynomial with coefficients in K.
"
で<L のすべての元は K 上代数的である>というのが出てくる。<K 上代数的>は読み違える可能性があり<K 上で代数的である>ということ。また<すべての元>は<every element>がもとの英語。ここは間違いではないが、基本的には every は<それぞれみな>で<すべて、all>とは違う。またよく出てくる any は大体<任意の>という漢語があてられているが、<勝手な>という訳語をみつけたことがる。<勝手>は漢字があてられているが<勝つ手>でやまとことばだ。だが数学では俗っぽすぎる。 英語の any はやまとこばの日本語表現は
どの xx も、いずれの xx も、xx どれでも
となり、やや長くなる。
<勝手な>は細かく言うと<<勝手に選んだ>で、<好きに選んだ>でもいい。また<任意の>も細かく言えば<意に任(まか)せて選んだ>となる。だがこれらは一語の any にくらべ長すぎる。どこかで書いたが any は英語の大発明なのだ。
<xx上のyy(xx over yy)>という言い方のやまとことば版を考えてみた。この<上(over)>はけっして軽い<上(over)>はではない。
一番適当なのは<またがる>ではないだろうか。 <またがる>は<馬にまたがる>がすぐに思い浮かぶが、現代では実際に馬にまたがるのは競馬の騎士ぐらいだ。だが自転車やバイクも<またがって>乗る。<乗る>は大げさに言うと自転車やバイクを制御、操作して動かす、働かせる、ことだ。<またがる>は<またぐ>の関連動詞ではるが<またぐ>が
水たまり(どぶ、障害物)をまたいで行く
などのように具体的、物理的な表現が多いのに対して、<またがる>は
この研究は物理、化学、数学の分野にまたがっている
彼の話は政治、経済、歴史、文化などさまざまな分野にまたがっていた。
などいうやや抽象的な言い方がある。<制御、操作して動かす、働かせる>の意では日常はあまり使わないが<統べる、すべる>がある。<すべてみな>の<すべて>はこの<統(す)べる>由来だ。だが<すべる>はまず第一に<滑る>が頭に浮かんでてしまう。上記の<またがる>の二つの例文は<わたる>で置き換えられる(可換だ)。
この研究は物理、化学、数学の分野にわたっている
彼の話は政治、経済、歴史、文化などさまざまな分野にわたってた。
<すべてにまたがって>とはあまり言わず<すべてにわたって>と言う。しかし上の例で
L のすべての元は K 上代数的である。 -> L のすべての元は K にまたがって代数的である。
はいいが
L のすべての元は K 上代数的である。 -> L のすべての元は K にわたって代数的である。
はピンとこない。
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さてだいぶ道草を食ったが<イデアル>解説の第二節目
整数の場合であれば、イデアルと非負整数とは一対一に対応する。即ち整数環 Z の任意のイデアルは、それぞれただ一つの整数の倍数すべてからなる主イデアルになる。しかしそれ以外の一般の環においてはイデアルと環の元とは全く異なるものを指しうるもので、整数のある種の性質を一般の環に対して一般化する際に、環の元を考えるよりもそのイデアルを考えるほうが自然であるということがある。例えば、環の素イデアルは素数の環における対応物であり、中国の剰余定理もイデアルに対するものに一般化することができる。素因数分解の一意性もデデキント環のイデアルに対応するものが存在し、数論において重要な役割を持つ。
第一の文。
整数の場合であれば、イデアルと非負整数とは一対一に対応する。即ち整数環 Z の任意のイデアルは、それぞれただ一つの整数の倍数すべてからなる主イデアルになる。
この部分はいいだろう。上で説明した。だが
<主イデアル(principal ideal)>は<それぞれただ一つの整数の倍数すべてからなる>という翻訳調の解説が語の前にあるが、<それぞれ>は突然出てくる感じだ。前の<任意のイデアル>に対応する、いわばダメ押しだ。英語では each ではなく every だ。こまかいことだが、英語では<任意のイデアル>の<任意>、<倍数すべてからなる>の<すべて>という語もない。また前半は the ideals で冠詞がついた複数形。
Among the integers, the ideals correspond one-for-one with the non-negative integers: in this ring, every ideal is a principal ideal consisting of the multiples of a single non-negative number.
その次の日本語がわかりずらい。
”
しかしそれ以外の一般の環においてはイデアルと環の元とは全く異なるものを指しうるもので、整数のある種の性質を一般の環に対して一般化する際に、環の元を考えるよりもそのイデアルを考えるほうが自然であるということがある。
もとの英語は
However, in other rings, the ideals may be distinct from the ring elements, and certain properties of integers, when generalized to rings, attach more naturally to the ideals than to the elements of the ring.
”
日本語でわかりずらい箇所は<一般の環においては . . . . . . 、一般の環に対して一般化する際に>で、<一般>が続いてでてくるが<一般の>と<一般化>の<一般>では意味はもちろん違う。ここは整数環 以外の一般の環と整数環 の違いを言っている。英語では冠詞つきのthe ring や冠詞なしで複数の rings がでてくるので見分けがつきやすい。<一般の環に対して一般化する際に>は when generalized to rings の訳と思われるが、誤訳といっていい。<<一般の環に対して>( to rings 相当)は整数環以外の一般の環のことではない。冠詞がないので不定の rings (不特定多数の環、環たち)。なぜ不特定かというと<整数のある種の性質(ここも英語では複数、certain properties)を(一般の環に対して)一般化>してできてくる環なのだが、<ある種の性質>はまだ不特定だからそれからできてくるのは<不特定多数の環、環たち>なのだ。
したがってこの箇所はややくどくなるところもあるが
ーー>
しかし整数環 Z以外の一般の環においてはイデアルと一般の環の元とは全く異なるものを指しうるもので、整数のある種の性質を一般化して環にする際に、整数環 Zの元を考えるよりもそのイデアルを考えるほうが自然であるということがある。
となる。
抽象代数学は<一般化(generalization)>をどんどん進めて行くので<一般化>は最重要語と言っていい。そしてそれにほぼ比例してわかりにくくなる(例外もある)。<ある種の性質(不特定)>を一般化すると特定になりそうだが、そうとは限らない。なぜなら出てきた結果はさらに一般化できるかもしれないからだ。このあたりは禅問答、哲学的になる。
次(つぎ)
例えば、環の素イデアルは素数の環における対応物であり、
ここももとに英語は
For instance, the prime ideals of a ring are analogous to prime numbers,
で意味が違っている。analogous (形容詞)は<対応物>ではない。ここでは<相当>、<同じ>の意でいい。またまた細かいことをいえば日本語ではのべられているものが複数であるこが伝わらない。いいかえれば
例えば、(整数)環の素イデアルは整数環の素数と同じ(に相当する)
次(つぎ)
中国の剰余定理もイデアルに対するものに一般化することができる。
この箇所の英語は
the Chinese remainder theorem can be generalized to ideals.
で簡単に<中国の剰余定理はイデアルに(として)一般化することができる。>だ。だが理解にためには<中国の剰余定理>がわかってないといけない。
中国の剰余定理(Wiki-Japan)
3~5世紀頃成立したといわれている中国の算術書『孫子算経』には、以下のような問題とその解答が書かれている。
今有物、不知其数。三・三数之、剰二。五・五数之、剰三。七・七数之、剰二。問物幾何?日本語では、以下のようになる。
答曰:二十三。
術曰:『三・三数之、剰二』、置一百四十。『五・五数之、剰三』、置六十三。『七・七数之、剰二』、置三十。并之、得二百三十三。以二百一十減之、即得。凡、三・三数之、剰一、則置七十。五・五数之、剰一、則置二十一。七・七数之、剰一、則置十五。一百六以上、以一百五減之、即得。
今物が有るが、その数はわからない。三つずつにして物を数えると、二余る。五で割ると、三余る。七で割ると、二余る。物はいくつあるか?
答え:二十三。
解法:三で割ると、二余る数として、百四十と置く。五で割ると、三余る数として、六十三と置く。七で割ると、二余る数として、三十と置く。これらを足し合わせて、二百三十三を得る。これから二百十を引いて、答えを得る。一般に、三つずつにして物を数え、一余ると、その度に七十と置く。五で割った余りに二十一をかける。七で割った余りに十五をかける。百六以上ならば、百五を引くことで、答えを得る。
上記の問題を上記の回答、イデアルを意識することなく解いてみる。
X/3 = A あまり 2
X/5 = B あまり 3
X/7 = C あまり 2
まず X/7 = C あまり 2 の C を考えてみる。
X(候補) = 9, 16, 23, 30, 37, 43, 51, 58, 65, 72, .... このくらいでいいだろう。
この中で 5 で割って 3 あまるのは
23, 43, 58
この中で 3 で割って 2 あまるのは
23 (3 x 7 = 21 + 2 = 23)
43 (3 x 14 = 42 + 1 ダメ)
58 (3 x 19 = 57 + 1 ダメ)
したがって答えは 23。23 以外答えはあるか。
特に理由はないが 23 の2倍、3倍、4倍、5倍、6倍、7倍、8倍、9倍、10倍はどうか?
23 x 2 = 46
23 x 3 = 69
23 x 4 = 92
23 x 5 = 115
23 x 6 = 138 - 138/5 = 27 あまり 3
23 x 7 = 161
23 x 8 = 184
23 x 9 = 207
23 x 10 = 230
5 で割って 3 あまるのは 138 だけだ。だが138は 3 で割り切れてしまう。3, 5,7 は素数で、これを掛け合わせると 3 x 5 x 7 = 105 だ。掛け算の素数分解ということであれば ( 3) (5 ) (7) = 105。この 105 は中国の剰余定理ででてくる。23 に 105 を足すと 23 +105 = 128。
128/3 = 42 x 3( = 126) あまり 2
128/5 = 25 x 5( = 125 )あまり 3
128/7 = 18 x 7 = (126) あまり 2
で 128 も答えとなる。これはどうしたわけか。一方 23 に 105(3x5x7) をかけた 2,415 は明らかに答えになりそうだが
2,415/3 = 805 あまり 0
2,415/5 = 483 あまり 0
2,415/7 = 345 あまり 0
という結果になる。 これはどうしたわけか。 23 x 105 = 2,415 は読み替えると
105 + 105 + 105 + . . . . と 105 を 23回足すことだ。これはすこし考えればわかるが、これはこれまた読み方を変えると
2,415 から 105 を 23回引くことだ。そして23回引いた結果は<あまり 0>ということだ。一方上の<128 も答えとなる。これはどうしたわけか>は、
128 から 105 を(1回)引いた結果は<あまり 23>ということだ。したがって 128 も回答ということになる。これを一般化すると
23 + 105 + 105 = 233
23 + 105 + 105 + 105 =338
23 + 105 + 105 + 105 + 105 = 443
23 + 105 + 105 + 105 + 105 + 105 = 548
.
.
.
23 + 105 + 105 + 105 + 105 + 105 . . . (22回足す)= 23 + 105 x 22 = 2,333
233 はどうか
233 / 3 = 77 余り 2
233 / 5 = 46 余り 3
233 / 7 = 33 余り 2
でやはり<答>だ。
2,333 どうか?
2,333 / 3 = 777 余り 2
2,333 / 5 = 466 余り 3
2,333 / 7 = 333 余り 2
これから類推すると(証明ではない)23 に 105 を22回足すまですべて回答のようだ。
23 - 233 - 2,333
7 - 77 - 777 (ちなみに 23/3 = 7.6666. . . . )
4 - 46 - 466 (ちなみに 23/5 = 4.6 )
3 - 33 - 333 (ちなみに 23/3 = 3.2875714 285714 . . . )
という数字の並び方がおもしろい。
さて初等算術はこれくらいにして高等算術のイデアルの話にに戻る。
<中国の剰余定理はイデアルに(として)一般化することができる。>と書いてあるが、中国の剰余定理とイデアルの関係はそう簡単ではないので、Wiki 参照。
さて中国が出てきたところで。中国版Wiki の Ideal を見ておく。
理想 (环论)
理想(Ideal)是一个群论中的概念。 若某环之一子集与原先的加法自成一群,且该子环内所有元素与原环之元素相乘的结果均在其内,则称其为原环的理想。 通俗地说,一环的理想在加法上成群且在乘法上表现如同一个黑洞。
大体察しはつくと思うが
子集: subset
该子环: subring
黑洞:black hole
下線部は英語版、日本語版にない。<俗説では環のイデアルは加法では群をつくるが乗法ではブラックホールの如きモノを表現する>とでもなるか。最後の箇所は<イデアルは乗法ではブラックホールをつくる>と言い換えられるが、この意味の理解にはイデアルの作用をわかっている必要があり、しゃれた表現だ。英語ではこのイデアルの作用を multiplicative absorption とか multiplicative absorbent と呼んでいる。ブラックホールはなんでも<吸い込んで>しまうものだろう。
中国語では<理想>の二字ですませて抽象代数の ideal の訳語でさほど違和感がないようだ。日本語ではダメだろう。それではイデアルのやまとことばはなにか?原語のままイデアル(ドイツ語の発音)で使っているのは適当な日本語がみつからなかったためだろう。難題なのだ。検討してみる。
理想は文字通りでは<理を想(おも)う>、<理想(おも)い>だが、これでは何のことだかわからない。<理にかなう>という表現があるが、この<理>は理想とほとんど関係ない。理念の<理>は理想の<理>に通じるところがある。中国の昔の儒教系の<理学>は<理想>追求の学問だったかもしれない。
理想は<望む、欲する好ましいこと、姿(すがた)>といえる。これだと<のぞみ>でよさそう。だが理想とはズレがある。理想は一歩(あるいは何歩も)進んで<最も、一番望む、欲する好ましいこと、姿(すがた)>と最上級、さらのは比較をこえた絶対最上級なのだ。
<欲しい>は形容詞でふつうは<xx が欲しい>となる。<欲する>は漢文口調だ。<ほしがる>は<xx を欲しがる>で他動詞だが漢文調他動詞<欲する>とは意味が少しズレる。<欲する>、<欲しがる>の名詞(体言)形は<欲(ほっ)し>、<欲しがり>だが独立した名詞(体言)としては聞いたことがない。
<好(この)む>の名詞(体言)形<好み>は<好き嫌い>の<好き>で理想ではない。イデアルの訳語としてはダメだ。
<好み>はよく使うが動詞(他動詞)の<好(この)む>はあまり使われず<好き>が<xxが好き>の形で使われる。<好き>は何詞?おそらくあまり使われない他動詞<好(す)く>の連用形<好き>の名詞(体言)用法 +<だ>、<に>、<で>、<な>の形の用法だろう。<名詞(体言)用法>なので<好きは(が)xxxx>は可能で<好きこそものの上手なり>が思い浮かぶ。<好きにしろ>というのもある。だがイデアルの訳語として<好き>はまずダメだ。
<姿(すがた)>はいいやまとことばだ。これを<xxxx 姿(すがた)>として使いたいが<姿(すがた)>は静的で<作用>機能があるイデアルにそぐわない。
イデアルのやまとことばはなにか?難題だ。(別途再検討予定)
次(つぎ)。最後の箇所
素因数分解の一意性もデデキント環のイデアルに対応するものが存在し、数論において重要な役割を持つ。
ここは日本語の語順がおかしい。もとの英語は
There is a version of unique prime factorization for the ideals of a Dedekind domain (a type of ring important in number theory).
なので
(数論において重要な役割を持つも環の)デデキント環のイデアルに対応するある種の一意性の素因数分解がある。
一意性の素因数分解のなかには(数論において重要な役割を持つも環の)デデキント環のイデアルに対応するものがある。
となる。 ここも一意性の素因数分解やデデキント環がわかっていないの何のことだかわからない。
<デデキント環のwiki を調べてみる。<デデキント>という人名は覚えやすい。<デデ>は<デカダン>,<ダダイズム>、<ダダっ子>、<キント>は<きんとき>との関連からか? もっともドイツ語の<キント(kind)>は<こども>の意(kindergarten の kind だ)なので<ダダキント>は日独合成語になる。
Wiki-Japan <デデキント環>
”
体でない整域 R について、以下の条件は同値である。
- Rの任意の0でない真のイデアルは、有限個の素イデアルの積にかける。
- R はネーター環で、クルル次元が1で、正規である。
- R の任意の0でない分数イデアルは可逆である。
- R はネーター環で、任意の極大イデアルにおける局所化は離散付値環(DVR)である。
以下略
”
これを読んで内容がわかるひとはおそらくすでに<デデキント環>をよく知っている人だけだろう。定義も全くわからないといっていいが、ここに<クルル次元>というのが出てくる。わたしの ”<環論(Ring Theory)>のやまとことば” の考えた末の第一候補が<くくる>、<くる>をもじった<くるる論>なので調べたくなった。
まず冒頭の解説で
デデキント環(整域)の場合は掛け算だ。
というのがある。
<整域(せいいき)>はクリスチャンでなくともまず<聖域>が頭にうかぶだろう。イデアル(理想)が頻繁に出てくる環論ではなおさらだ。整域は<整数の域>の意で英語の<integer domain>の訳語となりそうだが、なぜか英語はintergral domain だ。Integral は似ているが数学では<積分の>の意、数学を離れれば<総合的な(個々をまとめた)>といった意味だ。 調べてみたが、ほかではまず使わない integer の形容詞形のようだ。したがって<整数の域、領域>になる。つまりは整数が持つ特徴の<世界>のようだ。もともとこれだったようだ。
これだと<整域>がわかってないといけないが、話がどんどんはずれて行ってしまうので整数が持つ特徴の<域、領域>、あるいは整数が作る<世界>ということにしておく。。もともとこれだったようだ。
Wiki-英語版
Dedekind domain
In abstract algebra, a Dedekind domain or Dedekind ring, named after Richard Dedekind, is an integral domain in which every nonzero proper ideal factors into a product of prime ideals. It can be shown that such a factorization is then necessarily unique up to the order of the factors. There are at least three other characterizations of Dedekind domains that are sometimes taken as the definition: see below.
A field is a commutative ring in which there are no nontrivial proper ideals, so that any field is a Dedekind domain, however in a rather vacuous way. Some authors add the requirement that a Dedekind domain not be a field. Many more authors state theorems for Dedekind domains with the implicit proviso that they may require trivial modifications for the case of fields.
An immediate consequence of the definition is that every principal ideal domain (PID) is a Dedekind domain. In fact a Dedekind domain is a unique factorization domain (UFD) if and only if it is a PID.
”
これを読んで内容がわかるひとはおそらくすでに<デデキント環>をよく知っている人だけだろう。定義も全くわからないといっていいが、ここに<クルル次元>というのが出てくる。わたしの ”<環論(Ring Theory)>のやまとことば” の考えた末の第一候補が<くくる>、<くる>をもじった<くるる論>なので調べたくなった。
まず冒頭の解説で
デデキント環(Dedekind ring)、あるいはデデキント整域(Dedekind domain)
というのがある。
<整域(せいいき>はクリスチャンでなくともまず<聖域>が頭にうかぶだろう。イデアル(理想)が頻繁に出てくる環論ではなおさらだ。整域は<整数の域>の意で英語の<integer domain>の訳語となりそうだが、なぜか英語はintergral domain だ。Integral は似ているが数学では<積分の>の意、数学を離れれば<総合的な(個々をまとめた)>といった意味だ。 調べてみたが、ほかではまず使わない integer の形容詞形のようだ。したがって<整数の域>になる。つまりは整数が持つ特徴の<領域、世界>と言える。もともと(整域の原型)これだったようだ。
Wiki - Integral domain
Example (例)
The archetypical example is the ring of all integers.
整域の原型的な例は、整数全体の成す環 Z である。
<聖域>の定義や例はかなりあるので省略するが、次の例(英語との日本語では少し違う)は上記の整数環に次いで重要だ。
Rings of polynomials are integral domains if the coefficients come from an integral domain. For instance, the ring of all polynomials in one variable with integer coefficients is an integral domain; so is the ring of all polynomials in n-variables with complex coefficients.
係数環が整域であるような多項式環は整域となる。例えば、整係数の一変数多項式環 Z[X] や実係数の二変数多項式環 R[X,Y] は整域である。
さてデデキントの方にもどって、繰り返しになるが、
”
デデキント環(Dedekind ring)、あるいはデデキント整域(Dedekind domain)とは、任意の0でない真のイデアルが、有限個の素イデアルの積にかけるような整域のことである。そのような分解は一意であることが知られており、イデアル論の基礎定理と呼ばれる。
”
ここがわかりにくい、というかわからないのは <積にかけるような>のところで、これは誤訳といえる。元の英語は
every nonzero proper ideal factors into a product of prime ideals.
これはすでに述べたが every は<任意の>ではない。<任意の>は any で every は<(それぞれ)みな、どれもみな>、したがって<0でない真のイデアルはどれもみな>となる。
問題は<積にかけるような>でこれがわからない。わからないわけは<積にかける>が何だかわからないからだ。<積にかける>は<積に書ける>ではなく<積に掛ける>なのだが<積に掛ける>という日本語はない。<掛けると積(になる)>、<掛けた結果は積>はいいが<積に掛ける>はナンセンス。もとの英語は<factors into a product of>で、訳は苦心の末だとおもうが意味が通じない。ここで最重要語の factor がでてくるが、ここは動詞の to factor 三人称単数、そして自動詞だ。 to factor into なので<factor して積(product)となる>の意。だが<factor する>とはなにか?ここが肝心。<factor する>はふつう<かっこでくくる>という表現を使う。したがってここは<(真のイデアルが)かっこでくくると有限個の素イデアルの積になる>で少し意味がとれる。(注: こう書いたがが、ここは<有限個の素イデアルの積に書けるような>で意味が通じる。他の環論関係用語の Wiki-Japan のか解説では<積として書ける>、<積の形で書ける>と誤解のないような書き方になっている)。 <かっこでくくる>は説明しなくてもわかると思うが、初歩的な例ををあげると、
庭に2匹の猫と3匹の犬と5羽のにわとりが混じり合っているとする。これを2匹の猫、3匹の犬、4羽のにわとりをそれぞれまとめて柵か何かの囲いにいれる。
この作業は<かっこ>ではないが <囲い>でくくってわける>あるいは<わけてくくる>作業だ。結果は
(2匹の猫)(3匹の犬)(5羽のにわとり)
になるが、これでは掛け算と間違いそう。常識的にはこれは足し算で
(2匹の猫)+(3匹の犬)+(5羽のにわとり)
となるが、これは一般化して動物が合計10いるということが前提になっている。
デデキント環(整域)の場合は掛け算だ。足し算、掛け算は別として<かっこでくくる>とは<より分けてまとめる>作業だ。簡単にして<分けまとめる>作業。デデキント環(整域)は<分けまとめ掛け環(整域)>と言えそう。<環論(Ring>のやまとことばの第一候補としてあげた<くるる論>は<分けまとめ論>とも言える。
ちなみに常識から離れて
(2匹の猫)(3匹の犬)(5羽のにわとり)
の掛け算を考えてみる。数字だけをとりあげると(2)*(3)*(5)=30 となるが、(2)(猫)*(3)(犬)*(5)(にわとり)=30(猫)(犬)(にわとり)とも書けそう。さらには=30(猫犬にわとり)と書ける。<30>に何か意味はないか?これだとやや複雑なので、猫と犬だけをとりあげると(2匹の猫)(3匹の犬)=6(猫犬)なる。これは<(猫犬>という新種の動物が6いる、と解釈できる。だが5匹が掛け合わせ新種とはいえ6匹になるだろうか?
少し野蛮だが猫と犬を半分に切って半分猫、半分犬の新種を作ってみる。前(まえ)後ろは問わないとする。猫=C、犬=Dとする。
猫二匹は区別があるので C1、C2 とする。一方犬三匹は同じように D1、D2、D3 とする。
C1、C2 をそれぞれ半分に切ると C1-1、C1-2、C2-1、C2-2 となる。
同じように D1、D2、D3 をそれぞれ半分に切ると D1-1、D1-2、D2-1、D2-2、D3-1、D3-2 となる。猫半分と犬半分をつなぎ合わせて<猫犬>をつくるど
C1-1 + D1-1
C1-2 + D1-2
C2-1 + D2-1
C2-2 + D2-2
? + D3-1
? + D3-2
で新種<犬猫>は四匹しかできない。半分にきられた犬 D3-1とD3-2 が残ってしまう。この解決策は猫を半分ではなく三つに分けて C1-1、C1-2、C1-3、C2-1、C2-2、C2-3 となる。そうすると
C1-1 + D1-1
C1-2 + D1-2
C1-3 + D2-1
C2-1 + D2-2
C2-2 + D3-1
C2-3 + D3-2
で<犬猫>が6匹できで、6(猫犬)とかける。問題は<犬猫>のサイズが少し小さくなるが新種<犬猫>にかわりはない。名前をつければ CD-1、CD-2、CD-3、CD-4、CD-5、CD-6 だ。同じようにして6(猫犬)を5(にはとり)を掛け合わせて新種<猫犬にわとり>をつくることになるが、犬猫は6匹だが、それぞれ異なるので(CD-1、CD-2、CD-3、CD-4、CD-5、CD-6)で今度は6匹の<犬猫>を一匹、一匹を5等分する必要がある。切られた犬猫60になる。また<にわとり>5匹の方はこれに合わせては6等分だ。
CD-1-1, CD-1-2, CD-1-3, CD-1-4, CD-1-5
CD-2-1, CD-2-2, CD-2-3, CD-2-4, CD-2-5
CD-3-1, CD-3-2, CD-3-3, CD-3-4, CD-5-5
CD-4-1, CD-4-2, CD-4-3, CD-4-4, CD-4-5
CD-5-1, CD-5-2, CD-5-3, CD-5-4, CD-5-5
CD-6-1, CD-6-2, CD-6-3, CD-6-4, CD-6-5
<にわとり>の方はこれに合わせては6等分する必要がある。にわとり=H(めんどりのHen)とすると
H-1-1, H-1-2, H-1-3, H-1-4, H-1-5, H1-6
H-2-1, H-2-2, H-2-3, H-2-4, H-2-5, H2-6
H-3-1, H-3-2, H-3-3, H-3-4, H-3-5, H3-6
H-4-1, H-4-2, H-4-3, H-4-4, H-4-5, H4-6
H-5-1, H-5-2, H-5-3, H-5-4, H-5-5, H5-6
CD と H の組み合わせは
CD-1-1 + H-1-1, CD-1-2 + H-1-2, CD-1-3 + H-1-3, CD-1-4 + H-1-4, CD-1-5 + H-1-5
CD-2-1 + H-1-6, CD-2-2 + H-2-1, CD-2-3 + H-2-2, CD-2-4 + H-2-3, CD-2-5 + H-2-4,
CD-3-1 + H-2-5, CD-3-2 + H-2-6, CD-3-3 + H-3-1, CD-3-4 + H-3-2, CD-3-5 + H-3-3,
CD-4-1 + H-3-4, CD-4-2 + H-3-5, CD-4-3 + H-3-6, CD-4-4 + H-4-1, CD-4-5 + H-4-2,
CD-5-1 + H-4-3, CD-5-2 + H-4-4, CD-5-3 + H-4-5, CD-5-4 + H-4-6, CD-5-5 + H-5-1,
CD-6-1 + H-5-2, CD-6-2 + H-5-3, CD-6-3 + H-5-4, CD-6-4 + H-5-5, CD-6-5 + H-5-6,
こうして小型だが60匹の<犬猫にわとり(CDH)>ができることになる。
<犬猫にわとり(CDH)>1匹あたり割合は
猫(C) - 元の1/3 の 1/5 で 1/15
犬(D) - 元の1/2 の 1/5 で 1/10
にわとり(H) - 元の1/6
猫分 1/15 +犬分1/10 +にわとり分1/6 の割合で混じった新種<猫犬にわとり>ということになる。もし猫、犬、にわとりのサイズが同じであれば<くくれる>ので
1/15 +1/10 +1/6 = 1/3 で元の個々(一匹、一羽)サイズの 1/3 ということになる。この 1/3 は何かというと、はじめにもどって
(2匹の猫)+(3匹の犬)+(5羽のにわとり)
を考えると、それぞれを3倍にして<加える>と
(2匹の猫)x3 + (3匹の犬)x3 + (5羽のにわとり)x3 =(6+9+15)(猫犬にわとり)
=30(猫犬にわとり)になる。この場合サイズはそれぞれもとのままだ。
順序を入れ替えて犬(D)とにわとり(H)の掛け合わせを先にやった場合は
D-1-1 - H-1-1
D-1-2 - H-1-2
D-1-3 - H-1-3
D-1-4 - H-2-1
D-1-5 - H-2-2
D-2-1 - H-2-3
D-2-2 - H-3-1
D-2-3 - H-3-2
D-2-4 - H-3-3
D-2-5 - H-4-1
D-3-1 - H-4-2
D-3-2 - H-4-3
D-3-3 - H-5-1
D-3-4 - H-5-2
D-3-5 - H-5-3
で15のDH(犬にわとり)ができる。15(DH)。これに2匹の猫(C)を掛け合わせようとすると、猫(C)は一匹ごとに15等分しないといけない。2匹をそれぞれ15等分すると30の猫(C)の片割れができる。。一方15のDH(犬にわとり)は二等分する必要がある。DH-1-1、DH-1-2, . . . . . DH-15-1、 DH-15-2 の30DH(犬にわとり)。これで、個々に違う CDH(猫犬にわとり)ができあがる。当たり前のことだが、結果は猫と犬を先に組み合わせた結果と同じになる。これは乗法上の結合法則が成り立つことにる。
さて初等算術はこれくらいにして高等算術のデデキントに戻る。次の一節
”
そのような分解は一意であることが知られており、イデアル論の基礎定理と呼ばれる。
”
<そのような>は<任意の0でない真のイデアルが、有限個の素イデアルの積に書けるような整域>のこと。<分解( factorization)>とは
真のイデアル =(素イデアル-A)x(素イデアル-B)x(素イデアル-C). . . . . . . . . .
のように素イデアルの積に<書ける>、つまりは<分解できる>ということ。英語の方は factorization で<かっこでくくること>なので<(分解して)かっこでくくった積の形になる。そしてこれが<一意>だということ。この箇所の英語は
then necessarily unique up to the order of the factors
で<一意>は unique に相当する。だが英語の方はこの後に up to the order of the factors というのが続いている。 factors はここの例では
(素イデアル-A)x(素イデアル-B)x(素イデアル-C). . . . . . . . . .
の各カッコ内の<素イデアル>でいくつかある。the order とあるので順序が関連し、順序は<一意、unique) ということだ。<一意性>の存在、証明などややこしいのがあるが、ここでは省略して次の<定義>に進む。
(デデキント環(整域)の)定義’
体でない整域 R について、以下の条件は同値である。
- Rの任意の0でない真のイデアルは、有限個の素イデアルの積にかける。
- R はネーター環で、クルル次元が1で、正規である。
- R の任意の0でない分数イデアルは可逆である。
- R はネーター環で、任意の極大イデアルにおける局所化は離散付値環(DVR)である。
1.Rの任意の0でない真のイデアルは、有限個の素イデアルの積にかける。
ここは、繰り返しになるが
Rの任意の0でない真のイデアルは、有限個の素イデアルの積に(積として、積の形に)書ける。
と下線部のようにしないと誤解をまねく。
2.R はネーター環で、クルル次元が1で、正規である。
3.R の任意の0でない分数イデアルは可逆である。
4.R はネーター環で、任意の極大イデアルにおける局所化は離散付値環(DVR)である。
<環論(Ring Theory)>のやまとことば
Ideal (ring theory) (イデアル(環論)
From Wiki
In ring theory, a branch of abstract algebra, an ideal is a special subset of a ring. Ideals generalize certain subsets of the integers, such as the even numbers or the multiples of 3. Addition and subtraction of even numbers preserves evenness, and multiplying an even number by any other integer results in another even number; these closure and absorption properties are the defining properties of an ideal. An ideal can be used to construct a quotient ring similarly to the way that, in group theory, a normal subgroup can be used to construct a quotient group.
Among the integers, the ideals correspond one-for-one with the non-negative integers: in this ring, every ideal is a principal ideal consisting of the multiples of a single non-negative number. However, in other rings, the ideals may be distinct from the ring elements, and certain properties of integers, when generalized to rings, attach more naturally to the ideals than to the elements of the ring. For instance, the prime ideals of a ring are analogous to prime numbers, and the Chinese remainder theorem can be generalized to ideals. There is a version of unique prime factorization for the ideals of a Dedekind domain (a type of ring important in number theory).
(末尾)
Collins Math Dictionary
Module: a COMMUTATIVE GROUP(可換群) M endowed with an exterior multiplication (either on the left or right) that is associative (結合的) and distributive (分配的), and multiplies group elements by element of a ring (called scalar) to produce group elements; and then M is a module over R or R-module.
If, in addition, R is a unitary ring, them M is said to be a unitary module. If the product i*g = g, where i is the identity element of the ring, and g is any element of the group.
Every commutative group may be viewed as a module over the integers. A vector space is a module in which R is a field. Every ring R may be viewed as an R-module over itself and an Ideal in R is an R-module.
追記-2
多項式環
数学、殊に抽象代数学における多項式環(たこうしきかん、英語: polynomial ring)は環に係数を持つ一変数または多変数の多項式の全体の集合が成す環である。
英語版
In mathematics, especially in the field of algebra, a polynomial ring or polynomial algebra is a ring (which is also a commutative algebra) formed from the set of polynomials in one or more indeterminates (traditionally also called variables) with coefficients in another ring, often a field.
を引用し
日本語の方は<環に係数を持つ>のところが誤訳または意味を混乱させるといえ、もとの英語は<with coefficients in another ring(, often a field).)>でこちらが正しい。つまりは多項式環 (polynomial ring)は<繰る>を二組同時にやるというはなれわざ、なのだ。すこし勉強すればわかるが、多項式の係数の<環>の研究が抽象数学を発展させた一面がある。多項式環は理解しにくいとことろがあるが、そこが肝心かなめのところで末尾で少し詳しく調べる予定。
と書いた。忘れないうちに少し詳しく調べてみる。多項式環の開設にハイライトは因数分解(基本的には<かっこでくくる>こと))。
”
K[X] の因数分解
多項式環の次の性質はもっと深いものである。今日では算術の基本定理と呼ばれる「任意の自然数が素数の積に一意的に分解することができる」という事実は、ユークリッドによって既に知られており、その証明は自然数の最大公約数を導き出すユークリッドの互除法に基づくものであった。互除法のアルゴリズムはいずれの段階においても、自然数の組 (a, b) (a < b) を r を a を b で割ったあまりとして新しい組 (b, r) に取り替え、出てくる数をより小さくする。ガウスはこの剰余つき除算の手続きを多項式に対しても定義できることに気付いていた。与えられたふたつの多項式 p, q (q ≠ 0) に対し と書くことができる(除法の原理)。ここで商 u と剰余 r は多項式であり、r の次数は q のそれよりも小さい。またこのような性質を持つ分解は一意である。ここでは多項式の次数が整数の除算における整数の大きさの類似の役割を担う。次数は無限に減少することはできないので、最終的には互除法の除算は終了し、最後の零でない剰余が最初のふたつの多項式の最大公約元である。この方法により、ガウスは整数に対する算術の基本定理を厳密に証明すると同時に、それを多項式に対して一般化することに成功した。ユークリッドの互除法の類似が許される可換環はユークリッド環と呼ばれ、それらは素因子への一意的な分解が可能な分解環 (anneau factoriel) あるいは一意分解整域 (unique factorization domain) と呼ばれる環になる。つまり、多項式環 K[X] は分解環であり、ユークリッド整域である。多項式の剰余付き除算の別の系として、K[X] の任意の零ではない真のイデアル I は単項生成であるという事実がある。つまり I は、I に帰属する任意の多項式の最大公約元である唯一つの非零多項式 f の倍元全体からなる。したがって、多項式環 K[X] は主イデアル整域である。
”
K[X] の剰余環と根体
K 上の多項式環 K[X] は K に唯一つの元 X を添加して得られる。これに対し、K を含む可換環 L が K に唯一つの元を付け加えたものから環として生成されるようなものならば、L は K[X] を用いて書き表すことができる。特に、K の有限次拡大に対して適用できる。可換環 L が K を含み、L の一つの元 θ が存在して、L が θ によって K 上生成されるとすると、L の任意の元は θ の冪の係数を K に持つ線型結合になっている。したがって、K[X] から L への環準同型 φ で、K の元は動かさず(K 上では恒等写像として作用子)X の冪を θ の同じ冪へ写すようなものが唯一つ存在する。この φ は一般の多項式に対して X の θ への置き換え
として作用する。仮定により、L の任意の元は適当な m と K の元 a0, …, am を選んで上式の右辺の形に表されるから、φ は全射であり L は K[X] の準同型像となる。もっと形式的に、Ker φ を φ の核とすると、これは K[X] のイデアルであって、第一準同型定理により、L は多項式環 K[X] のイデアル Ker φ による商に同型である。多項式環は主イデアル環であるから、このイデアルも単項生成であって、多項式 p ∈ K[X] で となるものが存在する。特に重要な応用は、大きいほうの環 L が体の場合である。このとき多項式 p は既約多項式でなければならない。反対に、原始元定理によれば体の任意の有限次分離拡大 L/K は単一の元 θ ∈ L によって生成することができ、上述の理論により体 L は多項式環 K[X] の既約多項式 p の生成する単項イデアルによる商として具体的な記述が与えられる。実例として、複素数体 C は実数体 R に i2 + 1 = 0 を満たす i を唯一つ付け加えて得られる。それに応じ、多項式 X2 + 1 は R 上既約であって という同型が成立する。
”