Friday, February 19, 2021

野菜のやまとことば - いも、なす、へちま


野菜の名前はなぜか虐待されているように見える。

- いも

いもねーちゃん、いも野郎
いも半田(ハンダ) - 下手なはんだ付け(の結果)。できあがりが厚ぼったく不特定の形のイモのように見える。 イモが言葉として虐待されているのはこの不特定さによるところが大きいようだ。

いもを洗う - 無秩序にたくさんの人が集まり混みあっている様子。

イモが言葉として虐待されているように見えるのはこの不特定さ、不ぞろい、無秩序さによるところが大きいようだ。

これは<いも>だ。 - 使い方は汎用性がある。たとえば<出来が良くない作品>の意。 

イモムシ(芋虫) - 調べてみたが<不特定さ、不ぞろい>の形からではなく、イモ類の葉を食べるのでついた名前のようだ。<虫愛(め)ずる姫君>の話がある。気味の悪いのもあるが色のあざやかなイモムシ(芋虫)もいる。<イモムシ(芋虫)女>は使えそうもないが、<あの芋虫野郎>なら使えそう。  

 

英語では (a) small potato というのがある。重要でない人物。small は必要だろう。

- なす

ぼけなす、おたんこなす

- とうなす(唐茄子、カボチャのこと)

とうなす野郎
カボチャあたま

- へちま

へちま野郎
へちまの皮とも思わず  (イモの皮でもよさそう、というか<イモの皮>の方がよさそう)

<へちま>は耳で聞いて<へま>に 通じるところがある。

中国では<傻瓜>というのがあるが、<傻>のほうにけなしの意がある。よく聞くのは卵(たまご、蛋)で<笨蛋>。<あんぽんたん>はこの<笨蛋>由来だろう。 <笨>の一字で<まがぬけた、のろま>というようなけなしの意がある。<蛋>はそういう人の意だろう。

<あんぽんたん>はとうへんぼく(唐変木)、ぼくねんじん(朴念仁)の類(人名)か? 漢方薬の名前が由来という解説もある。

 

やまとことばではないが

大根(だいこん)

大根役者
大根あし(脚)

西洋野菜では、子供の頃

頭がピーマン

とういうのがあった。

 

おもしろいのは虐待されているように見えるにもかかわらず、野菜は愛されており、すくなくともいわゆる文人画では、果物に比べ格段に画材になる(絵になる)。不揃(ぞろ)い、不特定の形が味があっていいのだ。

 

追加予定

 

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Thursday, February 4, 2021

<せつない>の意味

 

<せつない>は<切ない>と書く。 別の目的で<アカシアの雨がやむとき>という歌の歌詞を少し詳しく調べていたら<せつない胸はわかるまい>というのが2番にでてきた。この歌は演歌と言いきれないないところがあるが<せつない胸はわかるまい>は演歌調だ。念のため<切ない>の意味を手もとの辞書(三省堂新明解、6版)で調べてみると、なんと解説の始めに

もと<切なる>

とある。だがこの語源(由来)についてそれ以上の説明はない。

<切なる>は

切なるお願

で<心からのお願い> 

切にお願いします

という言い方もある。これも<心からお願いします>の意だ。この<切なる>から演歌でよく出て来る<切ない>への意味に変化、移行はどのようにおこったのか?

演歌でよく出て来る<切ない>は

せつない思い

で、さらに言い換えると、私の解釈では<やりきれない思い>。したがって、大体

せつない = やりきれない

<やりきれない>は<遣り切れない>で<こころ、思いの遣りどころが(はっきりとは)ない>でここに<切る>がでてくる。<せつない、切ない>はこの<やり切れない>の連想がはたらいものか。

<せつなる>は<うそ、みせかけ>でない<まことの、こころからの>という意味だ。これが<やりきれない>に変わっていた経緯は

<まことの、こころからの>は概して相手に伝わらない。

伝わらないと

<やり切れない>気持ちになる。

そして<せつない>となった。

とすると意外と簡単だ。

だが<せつ>は漢字で<切>と書くがやまとことば。<きる>も漢字で<切る>とは書くが、これもやまとことば。そして<せつ>と<きる>は直接関係はない。

さて上で<せつ(切)>はやまとことばと書いたが、疑問がある。

親切の切(せつ>だ 。<せつ(切)>がやまとことばとすると親切は重箱読みになる。親切は中国語のようだが、ほとんど聞かない、見ない。ネットで調べてみると

 

https://www.zdic.net/hant/%E8%A6%AA%E5%88%87



親切 qīnqiè

(1) [cordial;kind]∶形容人態度親愛和善

態度親切

(2) [intimate]∶親密;親近

(3) [cordial]∶熱情關切

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國語辭典
親切qīn qiè
  1. 和善熱誠。如:「對人要親切。」冷淡,冷漠 1.凶暴 2.隔膜,疏遠

  2. 親近、親密。《紅樓夢.第五八回》:「儼似同胞共出,較諸人更似親切。」親密,親暱,親近,親熱

  3. 仔細、準確。《三國演義.第一八回》:「暗地拈弓搭箭,覷得親切,一箭射去,正中夏侯惇左目。」《老殘遊記.第一回》:「章伯看得親切,不禁狂叫。」


で(1)は古典からの例文がない。日本からの逆輸入ではないか?

<切>の一字だと

https://www.zdic.net/hant/%E5%88%87


qiē 

     ◎ 用刀從上往下用力:~菜。~除。~磋(本義是把骨角玉石加工製成器物,引申爲在業務、思想各方面互相吸取長處,糾正缺點,如“~~琢磨”)。

其它字義


qiè

  1. 密合,貼近:~當(dàng )。~膚(切身)。~己。親~。
  2. 緊急:急~。迫~。
  3. 實在:~忌。懇~。


で四声の違いで二つの意味がある。

以上の<せつ(切)>は発音は違うが中国語由来だ。qiè (チエ)が<せつ>に変わる(変わった)可能性はある。

せっかく - 折角
くっせつ - 屈折

中国語の<折 >はやっかいで

zhē、zhé、zhé があるが主には

zhé
断,弄断:折断。折桂(喻科举及第)。折戟沉沙(形容惨重的失败)。
幼年死亡:夭折。
弯转,屈曲:曲折。转折。周折。折中(对不同意见采取调和态度。亦作“折衷”)。
返转,回转:折返。
损失:损兵折将。
挫辱:折磨。挫折。百折不挠。
减少:折寿(减少寿命)。折扣。
(以下略)

折る-折れる、切る-切れるの意味がある。

せっきん - 接近

<接>は
 
jiē
 
连成一体:接合。接骨。接壤。衔接。
继续,连续:接力。接替。接班。接二连三。再接再厉。
靠近,挨上:接近。邻接。接吻。
承受,收取:接受。接收。接纳。接管。
迎:接风。接生。接待。

で発音は切(jie)と同じだ。 その他では

説 は shuō
節 は jié
設 は  shè
摂 は shè
拙 は zhuō

she の発音は練習が必要。<シュー>に近い。<せつ>や<せっ>にはなりにくい。

以上から推測すると

意味は<切>の

qiè

  1. 密合,貼近:~當(dàng )。~膚(切身)。~己。親~。
  2. 緊急:急~。迫~。
  3. 實在:~忌。懇~。

発音はqièが<せつ><せっ>になったというよりは日本にこの字と意味で輸入されたときには<せつ><せっ>に近い、日本人の耳には<せつ><せっ>に聞こえる発音だったのだろう。ちなみに古い中国語の発音を残しているといわれる広東語では<切>は jit (ちっ)と発音される。想像するに輸入されたときには qiet、siet などと発音されていた、聞こえたのではないか?

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追記

もと<切なる>

とある。だがこの語源(由来)についてそれ以上の説明はない。

の再考。 この辞書でたまたま<あぶない>を調べたが、<あぶない>の<ない>は形容詞をつくる接辞いてある。これだと、<せつない>の解説はごく簡単で説明が要らないくらいだ。

<あぶない>の変化の順序は

あやふい(あやうい) -> あふなし (<なし>は形容詞接辞)  -> あぶない

ところでこの形容詞接辞の<なし>は<なす>由来ではないか。<なす>は

借金をなす(返す)  関東方言か?
(この場を)とりなす
おりなす
(追加予定)

の<なす>と関連があろう。だが<なす>は自動詞<なる>とコンビの他動詞で、動詞化の接辞ならわかるが、形容詞接辞にはなりにくい。これも再考予定。


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