<情けない>は文字通りでは<情けがない>だが、よく使う<情けない>は<情けがない>とはかけ離れていいる。<情けない>が現代の意味になった背景は
<情け>は元来同情、友情、思いやりの意味があるが、<同情、友情、思いやり>を<かけるほどことがない>とすると、現代の<情けがない>の意味に近づく。だが、この意味の変遷の過程はよくわからない。<情けをかける>の<情け>方は<同情、友情、思いやり>の意そのままだ。<情け容赦なく>の<情け>も<同情、思いやり>の意だ。
<情けがない>に似た言い方に<ふがいない、不甲斐ない>がある。これも変な言いかで、<不甲斐ない>は<甲斐がない>の意に近い。
<甲斐> は漢字で書くと分からなくなるが<かい、かひ>というやまとことばだ。ネットでチェックしてみると
かい〔かひ〕【▽甲×斐/▽詮/▽効】
1 行動の結果として現れるしるし。努力した効果。「我慢した―があった」
2 期待できるだけの値うち。「生きている―がない」
歌の歌詞に
泣くな妹よ 妹よ泣くな
泣けば幼い ふたりして
故郷を捨てた 甲斐がない
というのがある。
中国ネットでは
Baike-baddu
该词通常与动词连用形结合构成复合词,例如 “生き甲斐”(生存意义)、“やり甲斐”(工作价值)等。在口语及文学表述中,常以“甲斐がある ”句式强调行为带来的成就感,如 “作り甲斐がある”(值得花费精力制作)。
という説明があり、“效果” “价值” 或“ 意义” の意。
これからすると
<不甲斐>はこれ自体で<“效果” “价值” 或“ 意义” がない>の意になる。この意味は必ずしも<不甲斐ない>の意味にならない。<不甲斐ない>は<情けない>の意に近い。上の<情けない>の意味の変遷を利用すると
<“效果” “价值” 或“ 意义” >を<期待することができない>でよさそう。だが<甲斐ない>ではなく<不甲斐ない>だ。<二重否定は否定の強調>というのがある。フランス語で rien は nothng の意味になるが、否定語の ne とともに使って否定の強調になる。
rien
nothing
Je n'ai besoin de rien d'autre.、
I need nothing else.
これで<不甲斐ない>は<甲斐ない>の強調と言えないこともない。だが、上のフランス語の<二重否定は否定の強調>はマヤカシ的なとこころがあり、 rien はもともと nothingではなく、thing の意のようだ。
<なさけ>はカナ漢字変換で<情け>となる。漢語の<情 (じょう) >は<情がない>、<情が薄い>では<同情、友情、思いやり>の意で使われている。もっとも<同情、友情>に<情>の字がある。
<同情、友情>は現代中国語にもあるようだが、最近<情分>という中国語に出会った。日本語にはないので調べてみた。
Baike-Baidu
" 情分 " 是汉语词汇,拼音为qíng fèn,指人与人相处中产生的情感联结,常见于亲友、伙伴等社会关系语境 。该词在历史上存在异形词 " 情份 ",经语言规范后以 " 情分 " 为标准写法。作为情感维度词汇,其法语译为 "sentiment d'affection",日语则对应 " 誼(よしみ) " 和 " 情け(なさけ) "。
で最後にに日本語の<誼 (よしみ) と情け (なさけ) > が紹介されている。
誼 (よしみ) の方は<友谊 (誼)>という語があり、ほぼ 友谊 (誼)=友情だ。昔は免税店だったような気がするが、よく友谊商店>という看板をよく目にした。
<情分>の<分>は元の意味よくわからないが、気分、性分、本分という日本語がある。
注)
調べてみたら<情けない>、<不甲斐ない > 以前に何度か書いている。よみかえしてみると、同じようなことを書いているが、違うところもある。
<ふがいない、なさけない> Mar 25, 2024
sptt