<罪>は<つみ>と読み、<罰>は<ばつ>と読む。<つみ>も<ばつ>もやまとこばのようだ。 だが、<つみ>はいかにもやまとことばだが、<ばつ、batsu>は漢語由来のようでもある。現代北京語では<罰>は<fá>と発音する。発音の<発>は<fā>と発音する。昔の中国語の発音が多く残っていると言われる 広東語では
罰 fat6
發 (発) faat3
で促音便になり、軽い、または実際には発音されない<-t> がある。日本語ではこの<-t>が<tsu>になる。罰 batsu、発 hatsu。<f>も日本語にはなく、罰 fat6 は言いやすい<ba>になったのでないか?
一方<罪、つみ>はチェックしてみると、やはりやまとことばだ。
日本大百科全書(ニッポニカ) 「罪」の意味・わかりやすい解説
日本古代の罪と穢れ
もともと日本語では「つみ」という語は、「つつみ」のつづまった形で、「つつむ」という動詞に由来する。何事にせよ悪いことがあるのを「つつむ」といい、古語の「つつむことなし」「つつみなし」(悪いことなし)とか「つつしむ」などは、いずれもそこから派生したものである。したがって日本古代においては、道徳的悪行のみでなく、病をはじめとするもろもろの災いや穢(けが)れたこと、醜いこと、その他何でも世の中の人が憎み嫌うことはすべて「つみ」とされた。そこでは特定の神の意志ではなく、人間の共同体の全体的意向が中心的準拠点になっていることは、意味が深い。(後略)
さて<罪と罰>の意味だが、これはゆゆしき問題で、意味を探ろうとすると相当長くなる。民間信仰から宗教 (日本では主に仏教) 、さらにはもっと純個人的な精神的、心理的状態などからの見方がある。
sptt
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