英語の beauty に相当するドイツ語の(die) Schönheit がでてくる詩に出くわした。日本語訳からやまとことば訳を試みたが、英語の beauty に相当するやまとことばをしばらく探しているがみつからない。漢語の美(び)は高度に抽象化されており beauty に近い。やまとことばの<うつくしい>は形容詞で英語では beautiful が相当する。<美しさ>という語が思いうかぶが<美しい>の度合、程度を示す名詞(体言)のようで、抽象化の方向がやや違うようだ。
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Freundliche Vision, op. 48, no. 1
好ましい幻影
Nicht im Schlafe hab' ich das geträumt,
Hell am Tage sah ich's schön vor mir:
Eine Wiese voller Margeriten;
Tief ein weißes Haus in grünen Büschen;
Götterbilder leuchten aus dem Laube.
Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
Ruhigen Gemütes in die Kühle
Dieses weißen Hauses, in den Frieden,
Der voll Schönheit wartet, daß wir kommen.
[Und ich geh' mit Einer, die mich lieb hat,
in den Frieden, voll Schönheit]
眠りの中で私はそれを夢に見たのではなかった。
明るい昼間に私の目の前に美しいそれを見たのだ。
フランスギクでいっぱいの草原。
緑の茂みの奥深くにある白い家。
神像が木の葉の間から輝いている。
そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
穏やかな心で
この白い家の冷気の中へ、
美にあふれて、ぼくらが来ることを待ちわびていた平和の中へ。
[そしてぼくは、ぼくを愛してくれる女(ひと)と行く、
平和の中へ、美にあふれて。]
詩:Otto Julius Bierbaum (1865 - 1910)
曲:Richard Georg Strauss (1864 - 1949)
<sptt やまとことば訳>
”
素晴らしいまぼろし
眠りの中、夢に見たのではないのだ。
昼間の光の中、目の前で確かに見たのだ。
雛菊咲き乱れる牧場(まきば)。
緑の木々の中に見える白い館(やかた)。
木の葉の中から輝く神々の姿。
そして僕は行く、僕に恋してくれてる乙女(おとめ)とともに、
満ち足りた思いで、この白い館のすがすがしさの中へ、
僕らが来るのを待っていた美しさに満ちたやすらぎの中へ。
( 僕は行く、僕に恋してくれている乙女とともに、美しさに満ちたやすらぎの中へ。)
”
Der voll Schönheit(the full beauty) の箇所で苦心した。まず文法的にこれが2格だか3格だかよくわからない。この場合の漢語の<美(び)>に相当するやまとことばがみつからないのだ。あとで示すように全方向的(あるいは求心的)な抽象化語尾の<み>をつけた<うつくしみ>というやまとこばがないのだ。
純形容詞の場合
赤い - 赤さ、赤み、<赤め>とは言うが意味がずれる(以下同じ)
青い - 青さ、青み、青め
白い - 白さ、<しろみ>は<白みがかる>と言う言い方があるが、普通は卵の<白身(み)>の意だ。白め
黒い - 黒さ、<黒み>は<黒みがかる>。黒め
大きい - 大きさ、<大きみ>は聞かない。大きめ
小さい - 小ささ、<小さみ>は聞かない。小さめ
近い - 近さ、<近み>は可能のようだが、ほとんど聞かない。近め
遠い - 遠さ、<遠み>は昔はあったようだ今は使わない。<遠め>はあまり聞いたことがないが可能。
速い - 速さ、<速み>は聞かない。速め
<はやい>には<まだ早い>の<早い>があり、この意の<早さ>はあまり聞かない。<早いこと>は、<遠い>の度合、程度というよりは<早い>ことそのものを表わしているようで、抽象化度合いが高いといえる。<早み>は聞かない。早め
遅い - 遅さ、<遅み>は聞かない。遅め
のろい - のろさ、<のろみ>は聞かない。のろめ
熱い - 熱さ、<熱み>は聞かない。熱め
冷たい - 冷さ、<冷み>は聞かないがよさそう。冷め
暑い - 暑さ、<暑み>は聞かない。<暑め>もダメ
寒い - 寒さ、<寒み>は聞かない。<寒め>もダメ
明るい - 明るさ、明るみ、明るめ
暗い - 暗さ、<暗み>は聞かない。暗め
うまい - うまさ、<うまみ>はやや特殊か、独立化しているが名詞(体言)、<うまめ>はあまり聞かない。慣用用法がある。
まずい - まずさ、<まずみ>はない。<まずめ>もあまり聞かない。慣用用法がある。
厚い - 厚さ、厚み(抽象度が進んでいる)、厚め
薄い - 薄さ、<暗み>は聞かない。薄くても<厚み>なのだ。薄め
難(むずか)しい - 難しさ、<難しみ>は聞かない。難しめ
易(やさ)しい - 易しさ、<易しみ>は聞かない。易しめ
優(やさ)しい - 優しさ、優しみはよさそうだあまり聞かない。優しめ
(まだまだあるが、キリはなさそうなので以上でやめる)
以上の純形容詞は動詞化しようとすると<形容詞の連用形>+<に>+<なる>(自動詞の場合)、+<する>(他動詞のばあい)
赤い - 赤くなる、する
大きい - 大きくなる、する
近い - 近くなる、する (あまり聞かないが、間違いではない。普通は<近づける>)
速い - 速くなる、する
早い - 早くなる、する (普通は<早める>)
遅い - 遅くなる、する
のろい - のろくなる、する
熱い - 熱くなる、する
冷たい - 冷たくなる、する
暑い - 暑くなる、<暑する>基本的にダメ
寒い - 寒くなる、<寒くする>基本的にダメ明るくなる - 明るくなる、する
暗くなる - 暗く なる、する
うまくなる - うまくなる、する 慣用用法がある。
まずくなる - まずくなる、する 慣用用法がある。
厚い - 厚くなる、する
薄い - 薄くなる、する
難(むずか)しい - 難しくなる、する
易(やさ)しい - やさしくなる、する
優(やさ)しい - やさしくなる、する
かなり文法的に法則化しているといえる。
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動詞がモトと考えられる形容詞とその名詞(体言)。感情表現が多い。
動詞 - 形容詞 - 名詞(体言)
かなしむ - かなしい - かなしさ、かなしみ
くるしむ - くるしい - くるしさ、くるしみ
たのしむ - たのしい - たのしさ、たのしみ
ほほいえむ - ほほえましい - ほほえみ、ほほえましさ
よろこぶ - よろこばしい - よろこび、よろこばしさ
めざます(めざめる) - めざましい - めざめ、めざましさ
わずらわす - わずらわしい - わずらい、わずらわしさ
なげく - なげかわしい - なげき、なげかわしさ
おどろく - (おどろおどろしい) - おどろき
形容詞の動詞化(形容詞がモトと考えられる)
形容詞 - 動詞 - 名詞(体言)
おそろしい - おそろしがる - おそろしさ
こわい - こわがる - こわさ
はずかしい - はずかしがる - はずかしさ
おもしろい - おもしろがる - おもしろさ、おもしろみ
(以上追加予定)
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さて、美(び)の話にもどる。
上のチェック方法を<美しい>に当てはめてみる。
美しい - () - 美しさ
<美しがる>という言い方は可能だが、一般的ではない。<美しみ>とい言い方はありそうで、ない。
この古い壷には美しさがある。
この絵の美しさの本質は色彩にあるのではなく構図にある。
この二つの例はよさそう。むしろ<この古い壷には美(び)がある>よりいい。この<美しさ>には度合、程度を示しているようでもあるが、さらに進んだ抽象化が感じられる。
それでは上記の詩のsptt訳
僕らが来るのを待っていた美しさに満ちたやすらぎの中へ
はどうか? これは<美(び)に満ちた>にかなわないのだ。 漢語の<美(び)>の方がさらに抽象化が進んでいるといえる。<うつくしさ>は抽象化が足りないのだ。<うつくしさ>を<うつくしみ>に変えてみる。
僕らが来るのを待っていた美しみに満ちたやすらぎの中へ
(追加)
最近(2015年4月)、同じような問題に出くわした。
Walt Disney のヒット映画Frozen (2014)のヒット曲<Let It Go、ありのままで>のドイツ語版。
Ich spüre diese Kraft, sie ist ein Teil von mir.
Sie fließt in meiner Seele und in all der Schönheit hier.
Nur ein Gedanke und die Welt wird ganz aus Eis.
Ich gehe nie mehr zurück, das ist Vergangenheit.
(訳)
力を感じるわ その力は私の体の 一部なの
その力は私の心とここにあるすべ ての美しさの中に流れ込む
想いだけで 世界がすべて氷でで きあがる
二度と後戻りはしないわ それは 過去のことなのよ
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<ここにあるすべ ての美しさの中に>はいかにも翻訳調で日本語らしくない。
元の英語と日本語版(訳というか大意訳だ)(どちらもドイツ語版とは相当違っている)
My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
I'm never going back,
The past is in the past
冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる 想い描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい もう決めたの
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日本語版は、<Let it go>を<ありのままで>と訳すなど大成功だと思うが、
上記の<結晶>と<自由> の二つの漢語がぎこちない。 <世界>、<自分>、<大地>、<二度>、<信じ>は発音からしてもそのままでまあいいだろう。<自由>の方は<思いのにまま>で置き換えられそうだが<結晶>は適当なやまとことばがみつからない。<結晶>の前の<氷(こおり)>は響きのいいやまとことばだ。 もっとも英語版の<crystallizes>も字あまりの感じだ。高く舞い上がる 想い描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい もう決めたの
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日本語版全文
Let It Go ~ありのままで~ (エンドソング)
[Heartful ver.]
作詞:Tweet
作詞:Kristen Anderson-Lopez・Robert Lopez
日本語詞:高橋知伽江
作曲:Kristen Anderson-Lopez・Robert Lopez
降り始めた雪は 足跡消して
真っ白な世界に ひとりのわたし
風が心にささやくの
このままじゃ ダメなんだと
とまどい 傷つき
誰にも 打ち明けずに 悩んでた
それももう やめよう
ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの
何も怖くない 風よ吹け
少しも寒くないわ
悩んでたことが うそみたいね
だってもう自由よ なんでもできる
どこまでやれるか
自分を試したいの
そうよ変わるのよ わたし
ありのままで 空へ風に乗って
ありのままで 飛び出してみるの
二度と 涙は流さないわ
冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる 想い描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい もう決めたの
これでいいの 自分を好きになって
これでいいの 自分信じて
光あびながら 歩きだそう
少しも寒くないわ
sptt
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