Sunday, January 19, 2025

羞耻と恥

 

中国語の<羞耻> は xiū chǐ と発音し、日本語の<羞恥心>の<羞恥>と同じ。だが日本語では羞恥>の二語、そのままではあまり使われない。日本語では<恥、はじ>と<恥ずかしい>が混交、交錯していてややこしい。日本語の<羞恥心>はどちらかと言うと<恥ずかしい>

恥 (はじ) は英語では shame だが、shameful は <恥ずかしい>にならない。<恥ずかしがる>、 <恥ずかしがりや>という言い方もあって、英語では

花子は恥ずかしがり屋だ。

英語は形容詞 shy を使って

Hanako is shy.

と言うことになっている。では

花子は恥ずかしい。

は何と言うか?

実際

花子は恥ずかしい。

という言い方はk本的に日本語にはなく、

花子は恥ずかしがっている。(恥ずかしそうに見える)

となる。 

Hanako is shy. は花子の性格、タチ、癖、習慣で

花子は恥ずかしがる。花子は恥ずかしがり屋だ。

となる。  

恥は名詞 shame 相当。形容詞は shameful

恥ずかしい行為は

shameful behavior 

とでもなるが、この<恥ずかしい>は shy ではなく、shameful となる。

実際 shameful はあまり聞かず

It's a shame !

をよく耳にする。

一方<恥 (はじ) > の方は<日本には恥の文化がある>などと言い、大それた問題なので、深入りしないが

恥さらし
恥知らず
恥をかく、恥をかかされた

などよく使う言い方がある。

さて<羞耻>に戻ると、baike-baidu の解説では

簡単な

羞耻,汉语词汇。拼音:xiū chǐ 释义:羞愧耻辱

という解説と

かなり長い<心理学释义>がある。

从心理学上说,羞耻是个体因为自己在人格、能力、外貌等方面的缺憾,或者在思想与行为方面和社会常态不一致,而产生的一种痛苦的情绪体验

( 長いので、後略)

 羞耻の英語訳は

shame と出てくるが

feeling guilty or embarrassed about something you have done or about a quality in your character:

と言う解説もあり、日本語の<恥、恥の意識>に近い。 だが baike-baidu の

羞愧耻辱

を分析してみると

羞愧:xiū kuì,动词,释义:对自己的过失感到内疚、后悔。
耻辱:chǐ rǔ。释义:1.指声誉上所受的损害;2. 侮辱;3. 羞辱,羞辱的事。

で恥のに近い。上で引用した一方長い<心理学释义>の方の出だしは、我慢して読むと<恥ずかしい>の意だ。中国語の方も意味が混交しているようだ。もう少し調べてみる。shy の中国語訳は

害羞的, 怕羞的

<的>は害羞、怕羞の形容詞化の語。<害羞的, 怕羞的>の英語での説明は

nervous and uncomfortable with other people
shy and quiet and preferring to be alone rather than with other people

日本語では

恥ずかしがる
恥ずかしがりや
引っ込みじあん (思案)

人見知りする
おじる、おじける
はにかむ

で適当な形容詞が見当たらない。そのためか

花子はシャイだ。

などと言う。

日本語も中国語も意味が混交しているようだが、使い分けられているようだ。

 

<恥、はじ>と<恥ずかしい>が混交、交錯していてややこしいのは。自分の内の心理と自分の外の世間の目、外聞が複雑に混交、交錯しているためだろう。

<恥ずかしい>思い、心理は自分の内の内気な、シャイな性格だけではなく、他人、世間から失策、失敗、不出来、期待以下の結果などが笑われるのではないかと言う、不安、おそれがからんでいる。他人、世間から笑われることに関する言葉は豊富で、輸入語の中国語では面子が代表だが、その他漢語由来では世間体 (てい)、体面、面目がある。体裁 (ていさい) 、外聞 (がいぶん) は和製漢語のようだ。

ところが、本場の中国では<面子>以上に<丢脸>が使われるようだ。最近中国語字幕付き中国ドラマをよく見ているが、<丢脸>の二字がかなり頻繁に出てくる。丢脸は diū liǎn と発音し、<丢>は<捨てる、なくす>、<>は頬 (ほお、ほっぺた) 、面 (つら)、顔の意。やまとことばの方も

面汚 (つらよご) し
顔を立てる、顔が立たない
顔見せできない

という言い方がある。 

ドラマで<丢脸>の二字がかなり頻繁に出てくる、ということは、言い換えると、中国人の間では<丢脸>が重要な働きをしているのではないか、ということになる。<丢脸>は、日本語では<面子を失う>にほぼ等しいようだが、どうもそうではないようだ。

さて、<恥、はじ>と<恥ずかしい>の混交、交錯だが、どうも程度の問題のようだ。基本的には<恥>がもとで、<恥ずかしい>が派生のようだ。はずかしがりや、内気な人は、他人から見てさほでもない恥に過剰反応するタチのひとではないか。再度の引用になるが、上の<心理学释义>

从心理学上说,羞耻是个体因为自己在人格、能力、外貌等方面的缺憾,或者在思想与行为方面和社会常态不一致,而产生的一种痛苦的情绪体验

が説明になる。

見方を変えると、英語では、上述のように

shame、shameful
shy

のまったく違った言葉による使い分けがあり、さらには

to humiliate、 humiliation

恥をかかせる、はずかしめる (こと)

というこれまた大いに違う言葉も使われる。

 

sptt 

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