Friday, December 18, 2020

炊事のやまとことば、調理動詞アスペクト

 

<料理のやまとことば>でもいいのだが食べる料理ではないので<炊事のやまとことば>とした。また調理でもいいのだが料理屋が連想されるため家事的な炊事にした。炊事、調理に相当する適当なやまとことばがみつからない。<お勝手のやまとことば>ならすべてやまとこばになる。

炊事、調理関連の動詞には

1)炊(た)く、焼く、煮る、ゆでる(うでる)、蒸(む)す、揚(あ)げる、炒(いた)める、あぶる、漬(つ)ける、ひたす、湯がく

2)切る、たたく、ねじる、つつむ

3)溶(と)かす(溶く)混ぜる。

炊事は1)の<動詞>内容の化学変化を利用して、さらには2)物理的な力をかけて分離、変形し、3)調合させたりして料理を<つくる>創造的な作業だ。炊事化学変化動詞-上記の1)をチェックしてみる。上で取り上げたのは他動詞で、料理人から調理されるモノを見た動詞だ。調理されるモノの立場から見ると他動詞の受け身形もあるが、それとは別に自動詞がある。ならべて検討してみる

炊(た)く - 炊かれる(受身)  - 炊ける(自動詞) (炊けている)
焼(や)く - 焼かれる  - 焼ける (焼けている)
煮(に)る - 煮られる  - 煮える (煮えている)
ゆでる(うでる) - ゆでられる(うでられる)  - ゆだる(うだる)(ゆだっている、うだっている
蒸(む)す - 蒸される  - (蒸す - 蒸している)
揚(あ)げる - 揚げられる  - 揚がる (揚がっている)
炒(いた)める - 炒められる - (炒まる)
あぶる - あぶられる - あぶれる (あぶれている)
漬(つ)ける - 漬けられる  - 漬かる (漬かっている)
浸(ひた)す  - 浸される  - 浸たる (浸っている)
湯がく - 湯がかれる  -  (湯がける あるいは<湯がく>)(湯がけている)(湯がいている)(湯がきてあり)

よく見るとおもしろいところがいくつかある。

1)<蒸す>の自動詞は<蒸す>だろう。<まんじゅうが蒸す>で変ではない。したがって<蒸す>は自他兼用動詞だ。<炒まる>もあまり聞かないが、使えるだろう。<湯がく>は適当な自動詞みつからないが<湯がける>が相当するか?あるいは<湯がく>が自動詞も兼ねるか?

2)実際の炊事の場面では<受け身>はまれにしか使われないだろう。さかなや野菜の身になれば多用されるだろうが、一般には考えにくい。

3)一方自動詞は実際の炊事の場面でもよく使われる。

ごはんはもう炊けたか? - はい、もう炊けています。
肉じゃがはもう煮えている。
サンマがうまく焼けた。

4)自動詞は人が主語になると可能の意になる。

花子はまだ小さいがちゃんとご飯が炊ける。(今は知能電気釜(がま)があるので比較的簡単だが、むかしはカマ(釜)ドで炊き、うまく炊くにはコツの習得が必要だった。)

太郎はサンマがうまく焼ける。

<煮える>はだめで<美代子は肉じゃががうまく煮れる>と<煮れる>になる。だが<煮える>でも通じそう。さらには<煮えれる>でもよさそう。この辺は微妙というかまだ決まっていないようだ。

調理自動詞にならない<蒸せる>は可能になる。<次郎はイモがうまく蒸せる、蒸せれる>。

佐藤は肉があぶれる。  <仕事にあぶれる>という言い方をよく聞く。この<あぶれる>はチェクしたところ<あふれる>由来で<あぶる>は関係ない。だが<あぶられる>と仕事が見つからないように<つらい>だろう。

鈴木はそばやうどんがうまく湯がける。

だが、<ゆだる、揚がる、炒める、漬かる、浸(ひた)る>はだめで

ゆでられる、ゆでれる
揚げられる、揚げれる
炒められる、炒めれる
漬けられる、漬けれる
浸(ひた)せる、浸せれる (ひてられる、ひてれる、にならない) 

になる。さて、自動詞だが、以上の炊事、調理用語は他動詞が<主>、自動詞は他動詞から派生したものが多いようだ。少なくとも<炊く、焼く、煮る>は二音節の他動詞で日本語の原(元)動詞といえる。

炊(た)く - 炊ける(自動詞
焼(や)く - 焼ける
煮(に)る - 煮える
----
溶く - 溶ける

は同じ母音交替の他自動詞だ

他動詞<溶く>は今は<溶かす>が多用されているようだが、もとは<溶く>は自他兼用動詞。<溶く>の使役形<溶かす>が他動詞化したものだろう。

ゆでる  - ゆだる
揚(あ)げる - 揚がる
炒(いた)める - (炒まる)
漬(つ)ける - 漬かる
-----
混(ま)ぜる - 混ざる

も同じ母音交替の他自動詞だ。さて自動詞を並べてみる。

ごはんがうまく炊(た)ける。
魚が、肉が焼(や)ける。
肉じゃががもうすぐ煮(に)える。
たまごが、ジャガイモがゆだる。
まんじゅうが蒸(む)している。
肉がちょうどよくあぶれている。
てんぷらがまもなく揚(あ)がる。
大根が漬(つ)かる。
このうどんが湯がけるまでには時間がかかる

以上の内実際によく使われるのは

ごはんがうまく炊(た)ける。
肉じゃががもうすぐ煮(に)える。
肉がちょうどよくあぶれている。
てんぷらがまもなく揚(あ)がる。

で<うまく>とか<もうすぐ>とか<ちょうどよく>とか<まもなく>などの副詞を加えたものだ。このような副詞がないのは文法的には正しいが文法書のなかの現実離れした発話だ。副詞を除いてみると

ごはんが炊(た)ける。
肉じゃががぐ煮(に)える。
肉があぶれる。
てんぷらが揚(あ)がる。 

で現実味がない発話だが、少しよく考えて見ると共通したところがある。

1)逆戻り繰り返しになるが、<炊(た)ける>、<煮(に)える>、<あぶれる>、<揚(あ)がる>などの調理自動詞は

<うまく>、<もうすぐ>、<ちょうどよく>、<まもなく>など

の副詞と相性がいい。

2)参考のため手もとの辞書にあったみたがこのような調理自動詞の解説は概して簡単だが、多くは

<十分食べられる状態になる>

を使って解説されている。これは大きな発見で、調理動詞アスペクトといえる。つまりは

ごはんが<十分食べられる状態に>炊(た)ける。
魚が、肉が<十分食べられる状態に>焼(や)ける。
肉じゃがが<十分食べられる状態に>煮(に)える。
たまごが、ジャガイモが<十分食べられる状態に>ゆだる。
まんじゅうが<十分食べられる状態に>蒸(む)している。
肉が<十分食べられる状態に>あぶれている。
てんぷらが<十分食べられる状態に>揚(あ)がる。
大根が<十分食べられる状態に>漬(つ)かる。
このうどんが<十分食べられる状態に>湯がける(湯がく)までには時間がかかる

の<十分食べられる状態に>が表(おもて)に出てこないがこの意味が内包されている(implied)、ということ。

もう一つの調理動詞の特徴は<xx もの>という体言(名詞)がほぼ例外なくあることだ。

炊(た)きもの
焼(や)きもの
煮(に)もの
ゆでもの (これはあまり聞かない)
蒸(む)しもの
揚(あ)げもの
炒(いた)めもの
あぶりもの
漬(つ)けもの
浸(ひた)す - おひたし(これは例外)
湯がきもの (これはあまり聞かない)

以上は他動詞の連体形ではなく連用形の体言(名詞)用法に<もの>がついたもの。<連体形+もの>とすると

炊(た)くもの
焼(や)くもの
煮(に)るもの
ゆでるもの
蒸(む)すもの
揚(あ)げるもの
炒(いた)めるもの
あぶるもの
漬(つ)けるもの
浸(ひた)すもの
湯がくもの

で調理材料、食材になる。遊びをかねて自動詞の連用形に<もの>をつけてみる。

炊(た)けもの
焼けもの
煮えもの
ゆだりもの
蒸しもの
揚(あ)がりもの
炒(いた)まりもの    <炒まる>は自動詞でよさそう。
あぶれもの
漬かりもの
湯がけもの、湯がかりもの  <ゆがかる>が自動詞か。

<ゆだりもの>、<揚(あ)がりもの>、<炒(いた)まりもの>、<漬(つ)かりもの>はわるくない。料理人が表に出てこないところが、ひかえめというか、自然本意でいい。自動詞のなせるわざだ。

 

sptt

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