Friday, March 7, 2025

恩をあだで返す

 前回のポスト<恩に着る>の最後で


恩をあだで返す

という言い方がある。この<あだ>もやっかいな言葉で、次回のポストで取り上げる。

と書いたので、忘れないうちに書いておく。<あだ、仇>が出て来る歌に武田節というのがある。

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武田節
(たけだぶし)は、1961年に作られた民謡調歌曲。作詞は米山愛紫、作曲は明本京静。本来は三橋美智也が歌唱する民謡調流行歌または新民謡と呼ばれるジャンルの曲であるが、山梨県の民謡が少ないこともあり、現在は山梨県の民謡とみなされることがある。

歌詞

甲斐の山々 陽に映えて
われ出陣に うれいなし
おのおの馬は 飼いたるや
妻子につつが あらざるや あらざるや

祖霊まします この山河
敵にふませて なるものか
人は石垣 人は城
情けは味方 仇は敵 仇は敵


 この歌詞、出だしの

甲斐の山々 陽に映えて
われ出陣に うれいなし

は耳で聞いてわかるが、次の

おのおの馬は 飼いたるや
妻子につつが あらざるや あらざるや

は説明が必要。 

<飼いたるや>の<飼う>は馬に<飼葉、かいば>を与えることだろう。< 動物に食べ物・水を与える>の意味では、古語ようだ。

つつが あらざるや

ごくまれだが、今でも使うのが<恙 (つつ) ない> の否定形。<恙>自体は

デジタル大辞泉

病気などの災難。わずらい。やまい。→つつがない 

「事に触れて、我が身に—ある心地するも」〈匂宮

で、<恙>自体では古語だ。

人は石垣 人は城 

https://www.rosei.jp/readers/article/57711

これは、「風林火山」の軍旗で有名な戦国時代きっての名武将、武田信玄(1521~1573年)の言葉です。 この言葉にはいくつかの解釈がありますが「人は、石垣や城と同じくらい、戦(いくさ)の勝敗を決するのに大切だ」という意味です。

情けは味方 仇は敵  

これがこのポストの題目<恩をあだで返す >と関連する箇所。

仇 (あだ)  = 敵、テキ、カタキ 

でもあるので、おかしなことになる。この箇所<あだはてき>と歌われている。

仇を討つ、打つ(うつ)

という言い方がある。  この仇は<かたき>の意。これは<敵 (テキ) 討つ、打つ>ではない。

 

デジタル大辞泉 「仇」の意味・読み・例文・類語

あだ【×仇/×寇】 《室町時代までは「あた」》


仕返しをしようと思う相手。敵。かたき。「親の―を討つ」
恨みに思って仕返しをすること。また、その恨み。「恩を―で返す」
害をなすもの。危害。「親切のつもりが―となる」
攻めてくる敵兵。侵入してくる外敵
「しらぬひ筑紫つくしの国は―守る押へのそと」〈・四三三一〉


テキ、カタキ 

デジタル大辞泉 「敵」の意味・読み・例文・類語

てき【敵】

[用法]てきかたき――自分にとって害をなすもの、滅ぼすべき相手の意では「敵」も「かたき」も相通じて用いられるが、普通は「敵」を使う。「かたき」はやや古風ないい方。◇「敵」は戦争・競争・試合の相手全般について使う。「敵を負かす」「敵に屈する」「敵が多い」◇争いなどの相手の意で使う「かたき」は、「恋がたき」「商売がたき」「がたき」のように複合語として用いられることが多い。◇深い恨みを抱き、滅ぼしたいと思う相手の意では「かたき」を使う。「親のかたきを討つ」「父のかたきを取る」「目のかたきにする」など。◇類似の語に「あだ」がある。「かたき」と同じように使われ、「あだ(かたき)討ち」などという。ただし「恩をあだで返す」は「かたき」で置き換えられない。

ここで、このポストの題目「恩をあだで返す」が出てくる。

情けは味方 仇は敵  

の歌詞は<あだはてき>と歌われている。前半の<情けは味方>を考慮すると後半の<仇は敵>は上の<あだ>の解説

1 仕返しをしようと思う相手。敵。かたき。「親の―を討つ」
2 恨みに思って仕返しをすること。また、その恨み。「恩を―で返す」
3 害をなすもの。危害。「親切のつもりが―となる」
4 攻めてくる敵兵。侵入してくる外敵

では説明がつかない。しいて言えば

2 恨みに思って仕返しをすること。また、その恨み。「恩を―で返す」

ここでも表題の「恩をあだで返す」が出てくる。

 恩をあだで返す 

この<あだ>は、意味からすると、上記の解説、例文から

恨みに思って仕返しをすること。また、その恨み。「恩を―で返す」

だが

害をなすもの。危害。「親切のつもりが―となる」

 でもいいだろう。

< 恩をあだで返す >自体、とんでもないことなのだが、まれに実際におこることから生まれた言い方だろう。幸い私は直接見聞きした記憶がない。<恩>、<あだ>と並んで<なさけ>、<情>がある。

<あだ>、<なさけ>はやまとことば。<恩、おん>、<情、じょう>は漢語由来だ。

 <恩>のやまとことばは何か? ネットでチェックしてみると

恵み。情け
めぐみ。いつくしみ。情け
他の人から与えられた恵み

だが、恩=めぐみ、ではないだろう。<いつくしみ>、<いつくしむ>もかなり恩とは違う。恩=なさけ、でもないだろう。

めぐみ、いつくしみ、なさけ

は心情的。<心、こころ>のはたらきの表れ。一方<恩>は理知的。<頭、あたま>のはたらきの表れ。この違いが<恩>に関しては、前回のポスト<恩に着る>で取り上げた、否定的な<恩>の使い方が出てきたのだろう。

恩に着せる
恩着せがましい
恩を売っておく

 ーーーーー

追記

三橋美智也の歌は、他のポストでも書いている。

 月光仮面、ハリマオ、少年探偵団の主題歌 - Nov 9, 2024
うれしがらせて - 
Jul 31, 2021

 

sptt

恩に着る

<鶴の恩返し>という話がある。内容はよく知られているので、詳しくはくりかえさない。この話は<罠にかかった鶴が、助けてもっらたことを恩とし、その恩に報いる>というもの。<恩に報いる>のは一般的には善行だ。意識的、無意識的に<恩に報いない>場合も少なくないのだが

恩知らず

恩に着る
恩に着せる
恩着せがましい

恩を売っておく
恩をあだで返す

といった言い方があり、時々耳にする。 <恩知らず>は直接的で意味は明確だが、その他は解説が必要か。

<恩に着る>は、恩をかけけてもらったことへの言葉の上の感謝の表示。実際、私も含めて<言葉の上>だけで、鶴と違って恩返しは忘れがちだ。

<恩を着る>ではなく<恩に着る>だが、意味としては<恩を着る>だろう。だがなぜ<恩に着る>というのか? この説明は難しい。ネットで調べてみた。

朝日新聞デジタル

恩を受けてありがたく思うこと
を「恩に着る」といい、この丁寧形は「恩にきます(着ます)」となります。 自分の身に受けるという意味の「着る」が使われます。 罪をその身に引き受けるという「罪を着る」も同じように「着る」を使います。

ーーーー

< 自分の身に受けるという意味>はいいとして、「罪に着る」ではないので、「恩に着る」の説明としてはイマイチ。

 <着る>は<衣服を自分の身につける>が原意。<衣服を着る>で他動詞。したがって文法的にはく恩を着る>が正しく<恩に着る>は間違い。ではく恩に着る>のく着る>は自動詞か? く恩に着る>の場合

恩に着せる

の<着せる>はこれも<恩に>だが、他動詞っぽい。使役形は

xxに恩に着させる

こうなると、わけがわからなくなる。

朝日新聞デジタルの解説は。もう少し丁寧に

自分の身に受けるという意味の「着る」が使われます

ー>

<恩に着る>は <恩を自分の身につける(着る)という意味>で、<自分の身>, あるいは<自分自身の身>は英語の簡単な oneself とは違って長いので、往往にして言葉に出てこない。<身>だけでも通じる。だが<に>は必要で<身につける(着る)>ー><身に着る>。<恩>が主題で<恩身に着る>。これが変化して<恩に着る>。

笠に着る

も同じように

笠を自分の身につける(着る)ーー>笠身に着る ーー>笠に着る

 

< 恩に着せる>の意味としては

ネット辞典では 


デジタル大辞泉(小学館)

恩を施したことについて、ことさらにありがたく思わせようとする。

imidas,jp

親切めかしたことをして、相手が自分に対して恩を感じざるをえないように仕向ける。

 

とかなり露骨、辛辣な解説だ。

 

恩を売っておく ‐ 恩返しを期待して恩を施しておく。

一回きりの場合もあるが、小さな恩を継続してほどこしておく。<置く>にこの継続の意がある。

ところで、以上のほかに

恩をあだで返す

という言い方がある。この<あだ>もやっかいな言葉で、次回のポストで取り上げる。

 

 

sptt