<よじのぼる>はあまり使わないが、<自分自身のからだをよじって、よじりながら、のぼる>という意味だ。つまりは<よじる>と<のぼる>の複合動詞。具体的には
太郎は木をよじのぼる。
太郎は高い壁のそばにある木をよじのぼって壁を越えて中に入った。
これは、壁をのぼるが難しいかfらだ。 だが高い壁をのぼっていければ、木をよじのぼる必要はない。だが壁をのぼれるのは虫や、ヤモリ、スパイダーマンの類だ。植物ではツタが壁を<這(は)いのぼって>といく。<這(は)いのぼって>いるツタをよく見ると吸盤があり、壁の表面に吸い付いてずり落ちないない仕組みになっている。ヤモリ、スパイダーマンも吸盤を使っているようで、これだと表面がつるつしたガラスの壁ものぼれる。虫は、よく観察したことはないが、吸盤方式でないとガラスの壁はのぼれないのがいるだろう。普通壁は<よじのぼる>ではなく<這いのぼる>だろうが、あまり聞かない。これは人が壁を<這いのぼれない>からだろうか。<這いあがる>は比喩的、慣用的に使われる。それほど高くない壁で身軽であれば、人は壁を<駆(か)けのぼって、あがって>越えることができるかもしれない。<よじのぼる>はなんでもない動詞のようだが、これは<よじる>と<のぼる>を簡単に並べて複合動詞ができる日本語の大きな特徴による。
さて、なぜこのような重箱の隅をつつくような話をしているかというと、イタリア語の arrampicare の再帰形の arrampicarsi (arrampicatosi) という語に出くわしたからだ。どこで出くわしたかというと、イタリア語の童話<ピノキオ(の冒険)>だ。イタリア語の arrampicarsi の英訳は to climb という一般的な動詞を使っている。イタリア語と英語を並べると、
http://ercoleguidi.altervista.org/pinocchio/
第7章
Geppetto, credendo che tutti questi piagnistei fossero un'altra monelleria del burattino,
pensò bene di farla finita, e arrampicatosi su per il muro, entrò in casa dalla finestra.
Geppetto, thinking that all these wailing was only another of the marionette's tricks,
decided to put an end to it, and climbing up the wall he went in through the window.
ネット辞書で調べてみると
Treccani
rampicare v. intr. [der. di rampa] (io ràmpico, tu ràmpichi, ecc.; aus. essere). – Lo stesso che arrampicarsi (rispetto a cui è assai meno com.):
これはrampicare はあまり使われず、arrampicarsi に置き換えられている、ということ。
ramicare は自動詞で<登る>という意味がある。この rampicare に接頭辞の<a->をつけたのが
arrampicare で他動詞になって<登らせる>の意になるのだが(接頭辞の<a->の働き)、これも使われず、実際に使われるのは再帰形の rampiccarsi なのだ。再帰形なので、意味は<自分自身を登らせる>で、さらには自動詞の<登る>の意に逆戻りする。
arrampicarsi
例文は実際的な使われ方だろう。使われるケースは限られるだろう。
Collins
二番目は慣用表現。英語のto clutch at straws は日本語で<わらをもつかむ>という言い方があり、この英語表現由来か。イタリア語を参考にすると意味が少しずれているようだ。あるいは arrampicarsi sugli specchi o sui vetri に<わらをもつかむ>という意味があるのか?
sptt
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