Monday, September 4, 2023

<おちゃっぴい>の語源は<お茶ひき>か?

 

中国語の中国語文法書を読んでいたら、 <おちゃっぴいの語源らしきものに遭遇した。念のためネットで調べてみたら、まったく違う語源説明で、このポストでは第二の<おっちゃぴい>の語源として紹介する。

ネットの<おっちゃぴい>語源 

『 語源由来辞典』

” 

「おちゃっぴいとは『お茶ひき』からきた言葉で、おしゃべりで滑稽な女の子。またはおませな女の子を意味する。これは江戸時代の遊郭で、なかなか客のつかない遊女をお茶ひき(仕事がなく、お茶をひいてばかりいることに由来する)と呼んだことによる。こうした客のつかない遊女の多くは、おしゃべりが過ぎることから、おしゃべりで滑稽な遊女をおちゃっぴいと呼び、後に遊女以外のおしゃべりで滑稽な女の子に対しても用いられるようになった。お茶っぴいの他、おちゃっぴー、おちゃっぴぃといった表記も用いられる。また、少女向け月刊誌『おちゃっぴー』という雑誌も存在した(1997年廃刊)。内容は現在のギャル雑誌に近いが、性情報に詳しいのが特徴であった。」


 私が出会ったのは中国語の<俏皮>。qiào pí,チャオピーと発音する。

 意思是活潑兼帶玩笑或風趣,有點調皮,出自《紅樓夢》(Baide)

調皮(tiáo pí)は何度か別にところで目にしたことがあるので、こちらが一般的だ。

調皮、tiáo pí、ティアオピーと発音する。

意思是指愛玩愛鬧,不聽勸導狡猾 。(Baide)

おしゃべりで滑稽な(女の子)、またはおませな(女の子)を意味する。

活潑兼帶玩笑或風

と重なるところが多い。

<おちゃっぴいは促音があるので東京または関東方言だろう。子供のころ、近所におちゃっぴい>な女の子がいたためか、よく耳にした。

問題はいつごろから使われ出したかで、上のネット語源字典からすると、江戸時代だ。
<俏皮>は出自《紅樓夢》とあるが、時間軸では問題ないが、《紅樓夢》を中国語で、しかも中国語の発音で読んだ人はゼロがごくごくまれだろう。だが、《紅樓夢》は中国ではいまだに人気小説で《紅樓夢》が好きな中国人 (複数でもいい) が、なんらかの経緯で日本にもたらした可能性は否定できない。

 

sptt

 

 

 


Saturday, March 11, 2023

xxに興味がある。興味と興趣

 <xxに興味がある>という言い方は今は変ではないが、これは英語学習で<to be interested in xx>の訳(やく)として頭に入ってしまっているからだろう。

I am interested in physics. 

私は物理に興味がる。

が普通だが。英語の方は

Physics interests me.

という言い方もあり、個人的にはこの方が好きだ。日本語の方は

物理は私に興味をわかせる。

という人はごく少数派だろうが、この方が動的で悪くない。

さて<興味>だが、これは中国語だ。だが本場の中国では<興趣>がつかわれる。

<興>は<おこす>で

<会社をおこす>は<興す>でも<起こす>でもいいだろうが、やまとことばからすれば 

会社をおこす

でいい。これからすると<興味>は<味をおこす>で、すぐには<興味>には結びつかない。一方中国の<興趣>は<趣をおこす>で、やまとことばを使えば<おもむきをおこす>で意味ありげだ。

趣=おもむき

としたが、<おもむき>自体がで意味ありげなのだ。少し前のポスト<風情(ふぜい)と趣(おもむき)>で


趣(おもむき)はやまとことばで<思い向く>、<思いの向き>だ、と考えたが、手元の辞書で調べて見ると、これは"<おもむく赴く>と同源で、<おもむく>は<面(おも)むく>。反対語に<背(そ)むく>" という解説がある。<そむく>には<顔をそむける>という言い方があるが<おもむく>には<顔をおもむける>という言い方はない。顔(かお)=面(おも)なので具合がわるいためか? さて、<思いの向き>があったとして

 この庭は思いの向きがある。

では通じにくいし、まずこうは言わない。まずこうは言わないが、そこはやまとことばで、日本人ならなんとなくわかる。

と書いた。 最近<Asnet Art Gallery>のブログのほうで中国の八大山人という画家の紹介文を英語でやっているが(かなり長い中国文の Google 翻訳をベースに英語翻訳している)、この<興趣>に出くわした。Google 翻訳では簡単に interest ですましているが、ことはそう簡単ではない。<興趣>は絵画鑑賞のキイワードなのだ。中国では画家の個性というような意味で<風格>という語も絵画鑑賞では使われる。<風格>は日本語の<風情>とかなり違う。

いい絵を見て感じるのは interestではなくpleasing feeling さらには fascinating feeling、さらには attractiveness、つまりは<心惹(ひ)かれる>ことなのだ。また<風格>を感じることもある。

 <心惹(ひ)かれる>は<思い惹(ひ)かれ>とも少し違う。 <心惹(ひ)かれる>の方はやや理知的で、絵画鑑賞にはいい。

 

sptt

 

 

 

Saturday, February 25, 2023

何が何だかわけがわからない

やまとことばのおもしろさは、多分に他の言語もそだと思うが、派生現象だろう。<あやまり>言葉では

すみません、すまない
ごめんなさい
 
のほかに

申し訳(わけ)ありあません

これは<言いわけ(excuse)がありません>の意だろう。<Excuse me>は<すみません>だが、<申し訳(わけ)ありあません>も使える。この<すみません(すまない)>や<ごめんなさい>もなんだかよくわからない。

<わけ>は<わかる>由来と思うが、いろいろ派生がある。

何が何だかわけがわからない(いきさつ、事情、因果関係)
 
<わけ>は<わかる>由来とすると、<わけわからない>は冗語になる。
 
そのわけは(理由)
そんなのはわけない、わけなくできる (問題、困難)
わけもなくいばりちらす(理由)
わけありげだ(理由、いきさつ、事情、因果関係)
聞きわけがない(こども) (事情の理解能力)

否定表現が多い。

 英語の reason には

1)理由、2)理性の意があり

そのわけは(理由)

the reason why that is . . . . 

 相当。

 <聞きわけがない>はことも向けだが、大人向けは

聞く耳を持たない 

か?

英語では

not listen to reason

という言い方がある。


<わける>-><わけ>が理由の意になるのは<分(わ)ける>は因果関係を分析しようとする意味があるためだろう。<わかる>は多くは理由、因果関係が<わかる>ことだが<わかる>ためには、往々にして<わけて、考える>必要がある。

 そんなのはわけない、わけなくできる (問題、困難)

の<わけ>は派生だが、どういう派生か?

<わける>必要、わざわざ<わけて、考える、する>必要はない

ということか?

 

sptt

 


Saturday, September 24, 2022

やせガマンと強がり

 <やせガマン>の<やせ>は<痩せている>なので<痩せている人がガマンする>となるが。太った人でも<やせガマン>する。この<やせ>は<やせた土地>の<やせた>で<やせた土地>でが作物がよくそだたない、実をむすばない。<やせガマン>は、したがって、少し飛躍するが、<できもしないのにガマンする、しようとする、しているように見せる>といった意味なる。<やせガマン>はだいたい否定的、批判的に使われる。

 一方<ガマン><我慢>で、ネット辞書では 


耐え忍ぶこと。こらえること。辛抱。「彼の仕打ちには—がならない」「ここが—のしどころだ」「痛みを—する」

我意張ること。また、そのさま。強情。

「—な彼は…外(うわべ)では強いて勝手にしろという風を装った」〈漱石道草

仏語。我に執着し、我をよりどころとする心から自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢

という解説がある。意味の変遷では3→2→1の順か? もとは仏教用語で文字通りでは<我が高慢>。2の例は<我が高慢>の意をの残しているが<やせガマン>の意に通じるところがある。<うわべでは . . . . 装う>。3が現代の<ガマン>の意味だが、2との関連から、この現代の<ガマン>の意味は、逆に<やせガマン>から発生したのでないか?<やせガマン>はかなりの頻度で使われる。もとっも<ガマン>の方は<ガマン>としてもっと頻繁に使われる。

もうガマンできない。
ガマンにもほどがある
ガマン強い。

 <ガマン>には<したいことをしない、しないでいる>の意がある。大げさに言うと<ガマンの哲学>、<ガマンの幸福論>が作れる。<したいことができない>状態は幸福ではないが、

 "The secret of happiness is not always doing what you want, but always wanting what you do." - Leo Tolstoy

というのがある。もちろんもとはロシア語だろう。前半はいいとして、後半は<することをしたい>では意味がとれない。<することをしたいようになる>でなんとか意味がとれる。

幸福になる秘訣は、<いつもしたいことをする>のではなく することをいつもしたいようになる、する、ことだ>。

<ガマンする>に対応するやまとことばには、上記のネット辞書にあるように<たえる>、<こらえる>、<しのぐ>がある。<たえしのぐ>というのもある。これらは英語の to endure に相当するが、to endure は<ガマンする>になるか。<痛みをガマンする>は<したいことをしない、しないでいる>ではすぐには説明がつかない。

 <したいことをしない、しないでいる>の典型は禁煙、禁酒だ。

 <やせガマン>に似ていることばに<強(つよ)がり>がある。これはやまとことばだ。

強がりを言う。
強がりに過ぎない。

 強くもないのに強いように見せるといったところだ。<強がり>もだいたい否定的、批判的に使われる。これからすると<ガマンがる>が<やせガマン>になる。

上の<することをしたいようになる>はおかしな日本語だが<することをしたがるようになる>とすると変な日本語でなくなる。

 幸福になる秘訣は、<いつもしたいことをする>のではなく (どんなことでも)することをしたがるようになる、する、ことだ>。

<やせガマン>、<強がり>に共通しているのは他人から見て<うわべでは、我慢できる、強いように装う>。また多分に他人の目を意識しての言動で一種の演出。このような演出が好きな人と嫌いな人がいる。好きな人はこのような演出には効果がある、嫌いなひとは演出は不自然とみているのだろう。

 

sptt

 

 

Friday, February 11, 2022

風情(ふぜい)と趣(おもむき)

 風情は<ふぜい>読めるが、趣の一語で<おもむき>と読める人、読む人は多くないだろう。 風情も、趣(おもむき)も<意味を解説せよ>と言われても難しい。 風情と趣(おもむき)は一部は同義語になる。

この庭は風情がある。
この庭は趣(おもむき)がある。

大体同じような意味のようだ。 どのような意味かと言われても、これまた難しい。 風情は<ふぜい>と変な読み方をするが、漢語由来だろう。漢語に<風格>というのがあり、ごく大雑把には<好ましい、心がひかれる性格、さらには個性>とでもなるか。<風格がある>は褒め言葉だ。<風>がキーワードで風は目には見えないが感じることができる。また風には<向き>がある。<向き>はある特定の方向のことで個性につながる。<情>は感情のことでいいだろう。

趣(おもむき)はやまとことばで<思い向く>、<思いの向き>だ、と考えたが、手元の辞書で調べて見ると、これは"<おもむく、赴く>と同源で、<おもむく>は<面(おも)むく>。反対語に<背(そ)むく>" という解説がある。<そむく>には<顔をそむける>という言い方があるが<おもむく>には<顔をおもむける>という言い方はない。顔(かお)=面(おも)なので具合がわるいためか? さて、<思いの向き>があったとして

 この庭は思いの向きがある。

では通じにくいし、まずこうは言わない。まずこうは言わないが、そこはやまとことばで、日本人ならなんとなくわかる。<思いの向き>は悪くない。<気が向く>の<気の向き>、<この庭は気の向きがある>ではダメだ。

 この庭は特別な、独特の思いの向きがある。

とすると

 この庭は風情がある。

に近くなる。さらには、あたりまえだがやまとことばの<おもむき>がある。<特別な、独特の>はやまとことばではないが、肝心なところで、風情や趣(おもむき)は千差万別、いろいろあるのだ。

だが実際には

xxの風情がある。
yy の趣(おもむき) 

のように使われ、これは<xx、yy のようだ、の感じだ>の意味になる。

趣味は和製漢語で多分中国では通じない。Hobby の一般的な現代中国語はかなり hobby からずれるが<興趣>というのがある。だがこれは日本語の<興味>の意味にもなる。

 ------

<賞花説園> という花と庭について書いた中国の本があり、始めの方に<花の美>について

色、香、姿、韻

の四語を取り上げて個々に説明している。<韻>はやや難しく、日本では頭韻、脚韻で使われるが、この本では<韻>は大体<趣(おもむき)>のような意味が根本にある。だがよく読んでみると<連想>の意に近い。だが、さらに少しよく考えて見ると、数千年の長い歴史がある中国文化と深く結びついた<固定観念(fixed idea)のようなもので<良し悪し(よしわるし)>だ。

 

sptt

 

 

 

Monday, September 13, 2021

<人のふり見て我がふり直せ>の<ふり>とは何か?

 

<人の振り見て我が振り直せ>は教訓めいているが、同じような内容でこの教訓臭(しゅう)がないのをイタリア語でみつけた

 Quello che vedi negli altri esiste in te.

似たようなのはいろいろあるようで

Ciò che vedi negli altri è il tuo riflesso.

Quello che vedi fuori è dentro di te.

日本語に訳せば

人の姿(すがた)にわが身の姿あり。

(気をつけて)人の姿を見れば我が姿が見えてくる。

とでもなるか。

<ふり>は無意識のうちによく使うやまとことばだ。

知らぬ(知らない)ふりをする。
知らんぷりをする。

知っているふりをする。
パリに行ったふりをする画家。
漱石の<こころ>を読んだふりをする。
酔ったふりをして xx する。 

金持ちのふりをする。

これは<金持ちぶる>と微妙に違う。

りこうぶる、不良ぶる

は説明がややこしくなる。

思わせぶり
ぶりっ子
男っぷり

英語で gesture という語がああるがあまり聞いたことはない。動詞の to pretend はよく聞く。to pretend は<xxのふりをする、xxを装(よそお)う>。gesture は本場の英語圏よりむしろ日本での方が<ジェスチャー>でよく使われているかも知れない。ネット英英辞典では

gesture

a movement of part of the body, especially a hand or the head, to express an idea or meaning.
 
"Alex made a gesture of apology"
 
synonyms: signal, signalling, sign, signing, motion, motioning, wave, indication, gesticulation
 
これからすると日本語の<ジェスチャー>は意味が少しずれている、
 
手ぶり、身振りに ズレが生じたのは、<手ぶり、身振り >という言葉はあるが、日本人は基本的にほとんどに手や頭や体(からだ)を使ったジェスチャーはしないからだろう。
 
 日本語の<ジェスチャー>
 
1)意図的にそのように見せる、見せようとするしぐさ。
2)真意とは違った、ときには真意を隠すためのしぐさ。

1)は<思わせぶり>にかなり近い、<単なるジェスチャーだろう>、<ジェスチャーが見え見えだ>などというので、多くは簡単に見破られてしまうようだ。<ふり>の方も上にあげた例文では簡単に見破られてしまうことを暗示している。ところで<しぐさ>は典型的な<やまとことば>だ。
 
ところが、否定になるとややこしい。
 
少しもその素(そ)ぶりは見えなかった、見せなかった。
 
この<素ぶり>は真意を示す、暗示する<しぐさ>と言える。<素=そ>は漢語由来だと思うが、粗品(そしな) 、粗末(そまつ)の<粗(そ)>とは違う。素性(すじょう)、素直(すなお、重箱読み)、素粒子(そりゅうし)という語があるので、<元の>、<本当の>の意味がありそう。
 
<ふり>は<ふる>の連用形の体言(名詞)用法。別のポストで<ふるまい>について書いているが、<ふるまい>は、<ふる>の連用形があ<ふり>なので元来は<ふりまい>。したがって<ふり>は<ふるまい>、<ふるまう>の<ふる>と関連がある。というよりはむしろ<ふるまい>が<ふる+まう>なのだが、<まい>が何だかよくわからない。<xx のようにふるまう>は<xx のふりをする>に似たしぐさだが、<xx のようにふるまう>はたいていは他人から見ての表現で、ふるまうひとの意図はあまり関係ない。一方<ふりをする>はふりをする人の<そうふるまう>意図があることを示す。

いったい<振(ふ)る>が<人のふり>、<我がふり>の<ふり>とどういう関係にあるのかが問題だ。つまりはこの<ふり>の語源だ。

昔はたっぷりした袖(そで)の衣服をきていたので<袖をふる>、<ふり袖>、<ない袖はふれない>という言い方に<振る>の意味が残っている。また<ふるまい>も<まい>がなんだがよくわからないが、ひとの動き、しぐさを連想させる。意図的な<袖をふる>は意図的なしぐさにはなる。

<ふり>に似たようなのに<まね>がある。<まねる>の<まね>だ。コンピュータワープロでは<真似>、<真似る>と出てくる。<ものまね>は<まねる>の意味があるが、
 
とんでもない<まね>をしてくれた。
へたな<まね>はするな。
バカな<まね>はよせ。
 そんな変な<まね>をすると、あとで痛い目にあうから気をつけろ。
 
といった慣用的な言い方がある。<まね>は<しぐさ>というよりは<すること>だが、なぜ<まね>が<すること>の意になるのか。おそらく、<xx して>まずい結果を出すのはよく考えずに<する>からで、これは往々にして人の<真似をする>からではないか。そうだとすると<ふり>との関連が出てくる<ふり>も<まね>もあまり褒(ほ)められたことではないようだ。
 
<すること>は<する>(連体形)+<こと>だが、<する>の連用形は<し>で、連用形の体言(名詞)用法からすれば<し>で<すること>になるが、
 
<し>が悪い、よい

とは言わない。この<し>の意味に近いのは<行(おこな)い>。だが<し>は短すぎるが<おこない>は長すぎる。

行いがが悪い、よい

<しぐさ>の<くさ>は名詞なので<しぐさ>は
 
<する>の連用形<し>+<くさ>になり、文法違反だ。 だがこれは

<する>の連用形<し>の体言(名詞)用法+<くさ>になり、
 
体言(名詞) +体言
 
の組み合わせ造語法と見ることができる。
 
しごと (仕事)
しかた (仕方) - しかた(が)ない。<しがない>はむずかしい。
 
も同じ。<しまつ>はおそらく
 
し+末(まつ)
 
で湯桶読み。純やまとこばなら<しすえ>だろう。
 
ものぐさ  体言(名詞)<もの>+体言<ぐさ>  この<もの>は何だ?
 
言いぐさ - <しぐさ>と同じ
 
とりとめがなくなってきたので、ここまでにしておく。
 
 
sptt

 




 


Saturday, August 7, 2021

発生、出現のやまとことば -出る、創造のやまとことば-出す

 

<創造のやまとことば>はかなり前のポストで


<出す>、<出る>は創造関連のやまとことばが多い。

作り出す、生み出す、描き出す(絵画、小説)、彫(ほ)りだす(彫刻)、 考え出す、紡(つむ)ぎ出す(比喩)、引き出す(比喩)(特徴を引き出して描き出す)、打ち出す(比喩)(新機軸を打ち出す)

と書いた。<出す>、<出る>についてもう少しチェックしてみる。日本語では<xx 出る>、<xx 出す>という複合動詞がけっこうあり、<xx 出る>は<現れる>で現象、<xx 出す>は<創(つく)り出す>で創造が予想される。複合動詞をチェックしてみる。

<でる xx>

<出る>の連用形は<で(て)>なので<出(で) xx>となる。<出る>は基本的に自動詞。

出会(あ)う ‐ 出会い
出歩く
出かける
出くわす
でしゃばる
出直(なお)す
出っぱる
出払(はら)う
(出もどる) - 出もどり

<xx 出る>

浮き出る - 自動詞
おどり出る  - 自動詞
つきでる - 自動詞。<つき出す>は自動詞他動詞兼用。意味は違う。
溶け出る - <溶けだす>も自動詞
飛び出る - 自動詞。<飛び出す>も自動詞。
にじみ出る  - 自動詞。<にじみ出す>も自動詞。
抜け出る - <xxから抜け出る>で自動詞、<xxを抜け出る>で他動詞。<抜け出す>も可能で<xxから抜け出す>、<xxを抜け出す>。
まかり出る - 自動詞
申(もう)し出る - 他動詞
漏(も)れ出る

 (追加予定)

 <出(で) xx>、<xx出る>の複合動詞は驚くほど少ない。調べたりないのか?これでは予想していた<xx 出る>は<現れる>で現象、の説明はできない。どうなっているのか?複合動詞にこだわらなければ

足が出る - 比喩的用法。相撲では<足が出る>と負けだ。
あくびが出る
頭がでる - モグラは頭が出るとたたかれる。<出る杭(くい)は打たれる>の現代版だ。私は<出る釘(くぎ)は打たれる>と思っていた。釘は頭があり、頭をたたく方が内容に合っている。<頭かくして尻隠さず>という言い方がある。
味が出る
汗が出る
大水(おおみず=洪水)が出る

我(が)が出る
風が出る
熊が出る
雲が出る
げっぷが出る
元気が出る (元気を出す)

災害(火災)が出る - 災害が発生する、災害が起きる
(事故が出る) - 事故が発生する、事故が起きる
死者が出る
しっぽが出る - <しっぽを出す>が普通。
しゃっくりが出る
咳(せき)が出る 月が出る

力(ちから)が出る
手が出る - 比喩的用法。すぐ手が出る。<手を出す>という言い方もある。

火が出る
屁(へ)が出る
ヘビが出る

波が出る
涙が出る

バスが出る
鼻水が出る
腹が出る
火が出る
病気が出る
船が出る
星が出る
骨が出る
ボロが出る
本根が出る

芽が出る

やる気が出る (やる気を出す)
勇気が出る (勇気を出す)

以上は<xx から出る>としていなが、基本的には<xx から>を足すことができる。 <xx から>は英語では<from xx>が連想されるが、<out of xx>が適切な場合がある。<to go from>は何だか変だ。英語では to leave という重要動詞もある。

<xx 出る>は<現れる><目に見えるようになる>の意もあるが、<起きる>、<起こる>、<発生する>になるようだ。 確かに<現われる出てくる>感じはあるが、多くは一度だけで<現象>というほどのことはない。

<出る>は基本的に自動詞だが

家を出る
故郷をでる
日本を出る

という言い方があり、いわゆる<” を ” を取る自動詞>になる。 道を歩く。

<出す>

<出す>の連用形は<出し>で<出す>が先にくるももの。<出す>は基本的に他動詞。カネを出す。

出し合う
出し惜しむ - 出し惜しみ
出しがら  - だし(出汁)。<だしを出す>は意味がある。
出し切る
出し渋(しぶ)る
出し抜く - だしぬけに= 突然に

<出す>が後にくるもの。<xx 出す>。

あぶり出す - あぶり出されて来るものを見ていると創造を見る感じだ。
編(あ)み出す - 編み出されて来るものを見ていると創造を見る感じだ。
洗い出す - 選別、選択か
打ち出す - 慣用法があるが、鍛造(鍛冶)は鉄を打ってモノを作り、まさに<打ち出し>で創造。製作だ。 相撲の<打ち出し>は<終わり>か。拍子木(ひょうしぎ)を打って終わりを告げる儀式がある。
生み出す - 創造
描(えが)き出す - 同じく描き出されて来るものを見ていると創造を見る感じだ。
えぐり出す
選び出す - 選別、選択か
押し出す
おびき出す
思い出す

書き出す - <考え><思い>を書き出す。表現する。一種の創造。<書き始める>の意もある。
掻(か)き出す
かつぎ出す
考え出す - 発明、アイデア
繰(く)り出す - 軍隊を繰り出す
蹴(け)り出す
濾(こ)し出す

探し出す - 発見
さぐり出す - サーチ、発見
誘い出す
さらし出す
しぼり出す - 水けのる洗濯物をしぼってみずをしぼり出す、知恵をしぼり出す
締(し)め出す
染め出す - 創造、製作

たたき出す  - 鍛造(鍛冶)-創造、たたいて追い出す
突(つ)き出す  - 他動詞/自動詞、 <突き出る>は自動詞
つくり出す - 創造
つつき出す
つまみ出す - 選択、選別
紡(つむ)ぎ出す
飛び出す  - 自動詞 <飛び出る>も自動詞
取り出す - 選択、選別

投げ出す - 慣用法で<ほうりなげる>というのもある。
抜き出す - 選択、選別
抜け出す - 自他  xx から抜け出す、xx を抜け出す
(身を)のり出す

掃(は)き出す
吐(は)き出す
引き出す -  やや強制的な創造、発見
ひねりだす -  知恵をひねり出す -  創造
(振り出す) - 振り出し
ほうりり出す
ほじくり出す -  やや強制的な発見
掘(ほ)り出す - 発見
彫(ほ)り出す - 創造、製作

見つけ出す - サーチ、発見

割り出す - サーチ

 (追加予定)

おもしろいのは、以上は<xx して出す>で、これはかなりある。 ところが<出してxxする>がもっとあってもよさそうだが、上に並べたように<出しxx>は多くない。出し合う、出し惜しむ、出し渋(しぶ)る、出し抜く。


あぶり出す - 出しあぶる (出してあぶる)
洗い出す - 出し洗う(出して洗う)
打ち出す - 出し打つ(出して打つ)
描(えが)き出す - 出し描く(出して描く)
選び出す - 出し選ぶ(出して選ぶ)

などは可能だ。

さて<xx出す>で<始める>の意がある。これは汎用性があり、意味が通れば、どんな動詞にもつく。

歩きだす  - 自動詞
言い出す - 他動詞
売り出す - 他動詞
怒り出す - 自動詞
駆(か)け出す - 自動詞
凝(こ)り出す  - 自動詞出(で)出す  ー 人気が出出だす。<出だす>は自動詞。(で)出しな
泣き出す - 自動詞
話し出す  - 自動詞、他動詞
走り出す - 自動詞
笑い出す  - 自動詞


<xx出す>で<始める>の意がある。これは<xx が出る>、 <xx が出て来る>由来だろう。

風がでる、、波がでる、月が出る、芽がでる

はそれまでなかった(見えなかった、聞こえなかった、感じられなかった)ものが現れる 、<出て来る>の意だ。

一方漢語の<発>には<出る><出す>の意がある。

発生、発送、発射、発車、発砲、発動、発光、発音、発声、発言、発行、発見、発明、発想;出発

中国では<出発>は<出発>というが<発車>は<開車>と言う。<開始>は<開始>だ。<発明>は<発明>だが<発見>は<発現>か。<発現>は文字通りでは<見えてくる>といった感じで自動詞的。 もちろん発音は違う。

自動詞

繰(く)り出す  行列が繰り出す。他動詞用法もある
せり出す - 自動詞  <せりもち>はアーチのこと
張(は)り出す - 自動詞 <頬が張り出す>。<壁にはり出す>は<貼り出す>か。これは他動詞だ。

<出る>、<出す>、特に<xx 出す>は無意識で使っているが、いいやまとことばが少なくない。たぶん発見の意味(出て来る)、創造の意味(生み出す、作り出す)、<見えないものが見えてくる>ことを表わすからだろう。

ところで<現象>のやまとことばは何か?

 

sptt