Thursday, December 13, 2018
<うしろめたい>の語源
<うしろめたい>、<うしろめたさ>はシリアスに考えると良心の呵責(かしゃく)、罪悪感、罪の意識となる。西洋では教会で告解(こくげ)をすると罪の意識(うしろめたさ)が薄らぐことになっている。だがこれはカトリックで、これをやめてしまったプロテスタントとは相いれないという由々しき問題なのだ。さてやまとことばの<うしろめたい>の語源はなにか? 似たような言葉に<うしろぐらい(暗い)>があるが語源をさぐるというほどのことはない。意味はズレるが<後ろ髪を引かれる>というのもある。
<うしろめたい>の語源で問題は<めたい>だ。古語は<うしろめたし>でこれが<うしろめたしい>-><うしろめたい>になったもにだろう。<めたい>、<めたし>は何か?<xxたい>、<xxたし>は願望でつかわれるが<め+たい>とすると<め>はなのか。少し違う<見(み)たい>では<うしろ見たい>となり何のことだかわからない。むしろ<うしろ見たくない(が見えてしまう)>とう思いだ。だが<うしろ見たい>も否定はできない。何かの事情で<うしろめたい>の意に変わってしまったのだ。
次(つぎ)
<め>は<めっす(る)、滅する>の<め>。<うしろ滅(めっ)したい>-><うしろ滅め(っし)たい>と変化した。意味は<うしろ(過去のまちがい)を消したい>で意味が通じる。だが<滅(めっ)する>は漢語由来だ。しかも促音便で関東方言だ。めくら滅法の滅法(めっぽう)という漢語がある。元来は仏教用語だろう。<めっす(る)、滅する>は意味がようく伝わらない(イメージがわかない)まれな言葉ではなかっただろう。
やなとことばに<消す>というような意味の<めつ>という動詞があり、これに<たい>がついて<めちたい>。<ち>がぬけて<めたい>。
<みたす(満たす)>がなまって<めたす>。だが<うしろ満たす>はナンセンスだ。
あるいは<めたす>という動詞があり、この連用形は<めたし>で、連用形には体言(名詞)用法があり、<うしろ+めたし>ー><うしろめたし>で、元来は体言(名詞)だったが、修飾語(形容詞)になった。だがほかの<xxxめたし>がみつからない。
次(つぎ)
<めたい>、<めたし>とい形容詞、形容詞語尾があった。<めでたし>ではない。<うしろめでたし(い)>ではこれまた何のことだかわからない。だがほかの<xxx めたし(い)>がみつからない。
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<めた>を探しているうちに、手元の辞書(三省堂)で<めた>をみつけた。 日常よくつかっている。
めためた(めちゃめちゃ) - 事態はもう<めためた>だ。なまって、事態はもう<めちゃめちゃ>
だ。 その侍(さむらい)は相手を<めためた>に切った。
めちゃくちゃ - 太郎は花子が好きなおもちゃを<めちゃくちゃに>こわした。
めちゃ - このステーキは<めちゃ>うまい。
めった(にない) - こういううまい話は<めったに>ない。
めったやたら - こういううまい話は<めったやたらに>ない。この秘密は<めったやたらに>に人に語るものではない。
この<めた>はおもしろいので別途とりあげることにした。
sptt
Friday, December 7, 2018
イデアル(環論)のやまとことば
このポストは ”<環論(Ring Theory)>のやまとことば” の追記(かなり長くなっている)の一部コピーに手を加えたもの。
”
Wiki- Japan <イデアル(環論)>
冒頭の解説に続いて<イデアル>の定義があるが、定義よりも冒頭の解説がの方が直観的で分かりやすい。
<イデアル(環論)>の冒頭の解説
"
抽象代数学の分野である環論におけるイデアル(英: ideal, 独: Ideal)は環の特別な部分集合である。整数全体の成す環における、偶数全体の成す集合や 3 の倍数全体の成す集合などの持つ性質を一般化したもので、その部分集合に属する任意の元の和と差に関して閉じていて、なおかつ環の任意の元を掛けることについても閉じているものをイデアルという。
”
さて中国が出てきたところで。中国版Wiki の Ideal を見ておく。
”
理想 (环论)
理想(Ideal)是一个群论中的概念。 若某环之一子集与原先的加法自成一群,且该子环内所有元素与原环之元素相乘的结果均在其内,则称其为原环的理想。 通俗地说,一环的理想在加法上成群且在乘法上表现如同一个黑洞。
”
大体察しがつくと思うが
子集: subset
该子环: subring
黑洞:black hole
下線部は英語版、日本語版にない。<俗説では環のイデアルは加法では群をつくるが乗法ではブラックホールの如きモノを表現する>とでもなるか。最後の箇所は<イデアルは乗法ではブラックホールをつくる>と言い換えられるが、この意味の理解にはイデアルの作用をわかっている必要があり、しゃれた表現だ。英語ではこのイデアルの作用を multiplicative absorption とか multiplicative absorbent と呼んでいる。ブラックホールはなんでも<吸い込んで>しまうものだろう。
中国語では<理想>の二字ですませて抽象代数の ideal の訳語でさほど違和感がないようだ。日本語ではダメだろう。それではイデアルのやまとことばはなにか?原語のままイデアル(ドイツ語の発音)で使っているのは適当な日本語がみつからなかったためだろう。難題なのだ。検討してみる。
理想は<望む、欲する好ましいこと、姿(すがた)>といえる。
理想は文字通りでは<理を想(おも)う>、<理想(おも)い>だが、これでは何のことだかわからない。<理にかなう>という表現があるが、この<理>は理想とほとんど関係ない。理念の<理>は理想の<理>に通じるところがある。
<望(のぞ)む>の名詞(体言)形<のぞみ>はいいやまとこことばだが、理想とはズレがある。<望ましい>という形容詞がある。
<欲しい>は形容詞でふつうは<xx が欲しい>となる。<欲する>は漢文口調だ。<ほしがる>は<xx を欲しがる>で他動詞だが漢文調他動詞<欲する>とは意味が少しズレる。<欲する>、<欲しがる>の名詞(体言)形は<欲(ほっ)し>、<欲しがり>だが独立した名詞(体言)としては聞いたことがない。
<好(この)む>の名詞(体言)形<好み>は<好き嫌い>の<好き>で理想ではない。イデアルの訳語としてはダメだ。
<好み>はよく使うが動詞(他動詞)の<好(この)む>はあまり使われず<好き>が<xxが好き>の形で使われる。<好き>は何詞?おそらくあまり使われない他動詞<好(す)く>の連用形<好き>の名詞(体言)用法 +<だ>、<に>、<で>、<な>の形の用法だろう。<名詞(体言)用法>なので<好きは(が)xxxx>は可能で<好きこそものの上手なり>が思い浮かぶ。<好きにしろ>というのもある。だがイデアルの訳語として<好き>はまずダメだ。
<姿(すがた)>はいいやまとことばだ。これを<xxxx 姿(すがた)>として使いたいが<姿(すがた)>は静的で<作用>機能があるイデアルにそぐわない。
イデアルのやまとことばはなにか?難題だ。(別途再検討予定)
”
と書いたのでさらに再検討しておく。
語源はWiki-環論の<歴史>の項目で次のような記述がある。
”
. . . . . . . 。 クンマーは、x 2 + 1 の分解のためには -1 の平方根を含むより広い領域が必要となるように、R の元が上のように完全に分解されるより広い領域が存在すると考えた。そしてこの A, B, C, D のような理想的な分解を与える因子を理想(複素)数 (ideale complexe Zahl ) あるいは理想因子 (ideal Primfactor) と名付けて、理想数の理論を築いた。
クンマーの理想数の理論は非常に形式的で、とても難解なものであった。後になってデデキントは理想数の理論を整理することによってイデアルを考案した。歴史的には、ヒルベルトの『数論報告』の中で、デデキントのイデアル概念が取り上げられたことから、イデアルという名称が採用されることになった。イデアル (Ideal) とは、明らかに理想数に由来する名前である。
”
なぜか日本語版がないが、Wiki-英語版にはIdeal number(理想数)というが独立してある。また歴史的には上記のように<理想因子>というのがある。数字に限っていえば<理想>よりは<理想数>の方が数学らしい。だが<理想数>もやまとことばではない。<数(すう)>は<かず>でやまとことばだ。イデアルは<xxxx 数(かず)>、または(集合、群、)環になっているので<xxxx 組数(くみかず)>、ひっくり返して<xxxx 数組(かずくみ)>でよさそう。問題は<xxxx>のところだ。
イデアルの内容を重視すると
<掛け増し数組(かずぐみ)> 掛け増し:倍数全体の成す集合
<組づくり数組(かずぐみ)>組(くみ)=群、Group
<吸い込み数組(かずぐみ)>
が考えられるが、発音すると長すぎる。
<掛けまし>は<望まし(い)>に発音が似ている。
<理想数>のやまとことばは<望まし数(かず)>でどうだろうか。
イデアル(理想)のやまとことばは難しい。<理想>は<最も(一番)望まれること、姿>で<最も(一番)>(絶対的な最上級)が必要なのだ。<最も望まれ(る)姿>が<理想>のやまとことばに近い。
このポストを書いているうち芋づる式に、文法上おもしろい(大げさに言うと、重大な)発見をした。
繰り返しになるが
”
<望(のぞ)む>の(連用形)名詞(体言)形<のぞみ>はいいやまとこことばだが、理想とはズレがある。<望ましい>という形容詞がある。
”
.
.
”
<好(この)む>の(連用形)名詞(体言)形<好み>は<好き嫌い>の<好き>で理想ではない。イデアルの訳語としてはダメだ。
”
のぞむ - のぞみ - のぞましい
このむ - このみ - このましい
以上は
動詞 - 連用形の名詞(体言)用法 - 形容詞
に一般化 できる。<一般化>は抽象代数あるいは数学全般でよく出てくる重要作業。
長くなりそう文法的なことなので sptt Notes on Grammar のポストとして書く予定。
sptt
Thursday, November 22, 2018
Identity (アイデンティティ)のやまとことば
Identity (アイデンティティ)は普通<自己同一(性)>と訳されるが、日常ではもちろんあらたまった場面でも<自己同一(性)>が使われることはないだろう。一方 Identity (アイデンティティ)はしばしば聞く。IDカードは身分証明書だが、日本にはなぜかIDカードがなく、身分証明書としては運転免許証や住民票がIDカード(身分証明書)として使われている。IDカードはそれで自己(その人であること)を証明するので<自己同一(性)を示すカード>の意味にはなる。さて、<自己同一(性)>は仰々しい漢語。Identity (アイデンティティ)のやまとことばは何か?
手もとの辞書(三省堂)では
アイデンティティ
1) 自己同一性
に続いて
2)自分という存在の独自性についての自覚
とある。 2)はあきらかに人について、しかも身分証明とは関係ない。実際の場面では<自己のアイデンティティを見つける、立てる>というように使う。ここで注意したいのは、日本語では<アイデンティティをみつける、立てる>だけではだめで<自己の>が必要にになるようだ。
2)自分という存在の独自性についての自覚
は日本語の解説だが、<自分>、<存在>、<独自性>、<自覚>と漢語が並びやまとことばはつなぎの語だ。これらの漢語をやまとことばに置き換えて同じような意味を出すのは難しい。
自分: おのれ
存在: あること
独自性: ただ xx だけ(であること)、ただ一つ(ひとり)
自覚: おのれが深く思うこと
とすると
おのれというあることがただそれだけであることについてのおのれの深い思い。
では何んことだかわからない。言い換えて
ただおのれがあることだけについて(おのれが)深く思うこと
とでもなるが、これもわかりずらい。内容を重視すると
オレはオレ、あなたはあなた。
あるいはもっと簡単に
オレはオレ(わたしはわたし)
でよさそう。これは人ばかりでなくモノについてでもよく
これはこれ、それはそれ。
これだけでも独自性を内包している(implied)が、独自性を出すと
おのれはおのれ(オレはオレ、わたしはわたし)、ほかの人はかかわりなし。
これはこれ、ほかのモノ(コト)はかかわりなし。
おのれはおのれでただ一人、ほかの人はかかわりなし。
これはこれでただひとつ、ほかのモノ(コト)はかかわりなし。
となる。
Identity (アイデンティティ)のやまとことばは
おのれはおのれ(オレはオレ、わたしはわたし)
でいいだろう。
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以上は今書きかけ中の<抽象代数学のやまとことば>シリーズで勉強中で次の説明に出会って書いたもの。抽象代数学では Identity がどこにも出てくる。
例 Wiki - Field (Mathematics) (日本語はなじみのない<体(たい)>という)。
”
Definition (定義)
Additive and multiplicative identity: there exist two different elements 0 and 1 in F such that a + 0 = a and a · 1 = a.
日本語の方はなぜかもっと抽象代数学らしく理屈っぽくなって
a + 0K = 0K + a = a が K の元 a の取り方に依らずに満たされる零元と呼ばれる特別な元 0K が存在する。 (ゼロ<0>のことと見ていい)
a1K = 1Ka = a が K の零元 0K でない元 a の取り方に依らずに満たされる単位元と呼ばれる特別な元 1K が存在する。(<1>のことと見ていい)
”
以上は何のことはなくて、
足し算はある数字に<ゼロ>を足しても変わらない。
掛け算はある数字に<1>を掛けても変わらない。
ということ。英語でAdditive identity、multiplicative identity
は Additive identity が<ゼロ(0)>、multiplicative identity が<1>といっている。これに対応する日本語では、こここでは identity という語が出てこない。内容的には<自己同一(性)>に関連している。
英語の Field (Mathematics) ではこの identity に続いて似て非なる inverse というのがでてくる。
Additive inverses: for every a in F, there exists an element in F, denoted −a, called the additive inverse of a, such that a + (−a) = 0.
Multiplicative inverses: for every a ≠ 0 in F, there exists an element in F, denoted by a−1, 1/a, or 1/a, called the multiplicative inverse of a, such that a · a−1 = 1.
というのがでてくる
日本語版は
a が K の元ならばそれに対して a + (−a) = (−a) + a = 0K を満たす、マイナス元と呼ばれる元 −a が常に存在する。
a が零元 0K でない K の元ならばそれに対して aa−1 = a−1a = 1K を満たす、逆元と呼ばれる元 a−1 が常に存在する。
内容はこれまたあたりまえのことだ。頭をひねることもない。
英語版 Wiki - Field (Mathematics) (最新の英語版はかなり長く、教科書のようだ)の方では、
For example, the additive inverse -a and the multiplicative inverse a−1 are uniquely determined by a.
という解説がある。 当たり前のことなので気づきにくいが<uniquely determined by a.>は<自己同一(性)>の意味に近い。禅問答のようだがこのコンセプトは重要。
sptt
Wednesday, November 7, 2018
空間のやまとことば ー <空 (あ) き>
<時空>は<時間>と<空間>。時間は<とき(時)>というやまとことばがあるが<空間>のやまとことばはすぐには思い浮かばない。<空間>のやまとことばについて考えてみる。<間>のやまとことば読みは<ま>と<あいだ>。<空>やまとことば読みもいくつかある。
酒瓶(さかびん)が空(から)になる
空(あ)き缶、席が空(あ)く <空(あ)く>
腹が空(す)く <空(す)く>
これからすると
空間(からま)
空間(あきま)
空間(すきま)<すきま>は<隙間>というのもある。
となる。
<空(あ)き>は<空(あ)く>の、<空き>は<空(す)く>の連用形の体言(名詞)用法で
席にまだ<空(あ)き>がある。
相手に<空(す)き>を見せてはいけない。
のように使える。空間(あきま)、空間(すきま)は<間(ま)>を修飾しているので体言の形容詞(修飾語)用法といえる。
<空(から)>は体言(名詞)と思われるが、
xxは空だ
と言う時<空だ>は古くは<空なり>で<静かだ><静かなり>と同じとみれば形容動詞になる。だが<空(から)>は<静か>と違って独立性<体言性、名詞性>が高い。体言につく場合が多い場合<連体詞>という文法用語もある。
空間(からま)は聞いたことがないが、<空(から)の部屋>の意味になりそう。だがこれは<空(あ)き間)>という言葉がありそう。普通は<空き部屋>だ。<空(す)き間>はよく使うが、否定的な意味があり、空間(くうかん)には違いないが、どうもそぐわない。<隙間>とも書く。これからすると<空(あ)き間)>が一番よさそうだが上にように<空(から)の部屋>の意がつきまとう。
以上は前半の<空>についてだが、後半の<間>は<ま>以外に<あいだ>という三音節のやまとことば読みがある。<間>はあきらかに当て字だ。<あいだ>は場所だけでなく時間の<あいだ>もある。
つかの間 (<つか>は何か?)
またたく間 (目、まぶたをたたくあいだ)
そのあいだに
このあいだ
日常では<時所(ときところ)による>、<時と場所(ばしょ)によりけり>と言うので<所(ところ)>、<場所>が時空の<空>にあたる。場所は湯桶読みで<場(ば)>はやまとことばだが、<所(しょ>は漢語だ。<場所>を両方とも訓読みにすると<ばどころ>になるが、使われない。<ところ>は<場所>を意味するほどの独立性がないのだ。
物理で<場の理論>というのがありこの名づけはいい。やまとことばの<場(ば)>が抽象化されて<理論>という抽象度の高い漢語とくみあわせても違和感がない。それでは空間を<場>といえるか?数学、物理では<ベクトル空間>と<ベクトル場>があり、<場の理論>は<ベクトル場>と関連がありそう。したがって数学、物理ではこまかく言うと<空間>と<場>とは似て非なるものなのだ。この辺はややこしい。
日常語の<場所>は、ヒトに関連しては大体やまとことばの<いどころ>で置き換えられる。モノの場合はどうか?<ありどころ>はあまり聞かない。<モノ(カネ、宝)のありか>というのでモノの<いどころ>は<ありか>か。<ありか>の<か>はなにか?<すみか>の<か>と同じようだ。だが<すむ(住む)>はモノではない。この<か>はどうも<(存在する)場所>を示しているようだ。<(存在する)場所>は具体的すぎて抽象度の高い<空間>とはかけ離れている。
<場(ば)>は他の重箱読みでも使われる。
現場(げんば)
火事場(かじば)
<場(ば>にはまた
どたん場 (<どたん>は何か?)
この場に及んで
場を踏(ふ)む
場を読む
という慣用的な言い方があるが、<場>は<状況>の意に近い。 この<場>は超重要語だ。慣れもあるが<場>が違和感なくしっくりしている、さらには意味深げなのはこの<状況>の意が背後にあるためかも知れない。
<場(ば)>は一音節で耳で聞いただけでは漢語の感じがするがれっきとしたやまとことば。一方くところ(to-ko-ro)>は三音節で(しかも<o音>が三つ続く)いかにもやまとことばらしく聞こえ、<こころ(ko-ko-ro)>と同じ語呂で耳で聞いて心地よい。だが<場の理論>は<ところの理論>で置き換えられないだろう。<空=ところ>とすると、<空間<そのままの順では<ところあいだ>で何のことだかわからないが、並び替えた<間空>は<あいだところ>でなんとか意味がとれる。一字違いだが<あいたところ(空いたところ、でもある)>は語呂のいい<あきどころ>に言い換えられる。この<あきどころ>は空間の意に近い。空間は<あき>だけでもいいが、<ところ>は時間の<あき>と区別するため念押し。
----ー
追加
前にもどって
空(から)
空(あ)く、空(あ)き
空(す)く、空(す)き
の違いをしらべておく。
1)空(から)
xx が(は)空(から)だ。
xx が(は)空(から)になる。
以外に修飾語として活躍する。
空威張り
空売り(株式用語)
カラオケ
空元気
空騒ぎ
空手 格闘技、またはスポーツの<空手>以外に、<空手に終わる>といった言い方がある。
空手形
空振り
空回り
空約束
空っぽ
多くは否定的な
(あるべき)中味、中身)がない
殻(から)だけで肝心な中味、中身がない。
といった意味だ。 英語でも empty promise というのがある。
<からから>が濁った<がら>、<がらがら>は
がら空(あ)き
がらがらに空(す)いている
というのがある。
2) 空(あ)く、空(あ)き
まだ空きがある。
席が空く。 空き席
手が空く
空き時間
空き巣
空き地
空き家
これは<本来あるべき中味、中身)がない>状態、状況を言っているが否定的な意味はない。<埋めるべき、埋められるべき、埋められる場所がまだある>といった意味だ。英語の形容詞 open の意味(開いていて受け入れる余地がある)もある。動詞の to open は
戸を開(あ)ける
戸が開(あ)く
となるが<あく>にかわりはない。<空(あ)く><開(あ)く>は関連語だ。
あの店は夜10時でも開(あ)いている。
と書くがしゃべる時は<空(あ)く><開(あ)く>の区別はないと言っていい。英語の be open の意に近い。
3) 空(す)く、空(す)き
手が空く
腹が空く。
電車が空いている
空き(スキ)がある 、 少しの空き(スキ)もない
すき間(隙間)
これは<本来詰まっているべき、詰まっているのが普通なところが詰まっていない>状態、状況を言っているがかならずしも否定的な意味はない。
<埋める、埋まる>と<詰める、詰まる>の違いが反映しているようだが、<手が空(す)く>と<手が空(あ)く>には<埋め合わせ>と<詰め合わせ>ほどの違いはない。
スカスカ - 空間があって固定しない。
このスカート(ズボン)はスカスカだ。(ウエストサイズが大きすぎて合わない)
スカスカ - 詰まっていない。
この電車はスカスカだ。
<この電車は空(あ)いている>はおかしいが<この電車はスカスカに空(あ)いている>はよさそう。<この電車はスカスカに空(す)いている>でもよさそう。
昔、駄菓子屋のクジで<当たり>に対して<スカ>(ハズレ)というのがあった。
追加‐2
空間の英語は space。
まだ space がある。は
まだ空 (あ) きがある。という。<空 (あ) き>は空間のやまとことばの有力候補だ。
上で
日常では<時所(ときところ)による>、<時と場所(ばしょ)によりけり>と言うので<所(ところ)>、<場所>が時空の<空>にあたる。
と書いたが
場所の英語は place。 place はかなり特定化されている。xxする (ための)、xxがおこなわれる、 xxが置かれる place、場所、ところ。特定の場、場所、ところだ。一方 space の方も、xxする (ための) space、空間、<空 (あ) き>といえるが、xxがおこなわれる、xxが置かれる space、空間、<空 (あ) き>はややおかしい。space、空間、<空 (あ) き>は自由度が高いと言える。
sptt
Saturday, October 13, 2018
<対称群(Symmetric Group)>のやまとことば - うつし(写し、映し、移し)
前回のポスト”<群論(Group Theory)>のやまとことば - 組み” に続いて代表的な群(組み)である対称群のやまとことばについて考えてみる。対称群は Symmetric Group の訳だ。Symmetry Group の訳ではない(英文 Wiki では<Not to be confused with Symmetry group.>という注意書きがる)。群論の概論ではいろいろな群が紹介されているが、これまた代表的な群(組み)の置換群は耳で聞いただけは<痴漢>が連想されてしまうが、数学に痴漢が出てくることはまずないのでさほど問題ないが、置換群は Permutation Group の訳なので<順列群>、あるいはやまとことばそのままで<置き換え群>でいいだろう。さてSymmetric Group の訳<対称群>は問題が多い。
1.耳で聞いただけでは<対称>は<対象>、<対照>と同じに聞こえる。
2.形容詞の symmetric、symmetrical は<対称的(な)>の意にかなり近いが、symmetry = 対称ではない、というか日本語では<対称>という言葉は独立してはまず使われない。<対称>そのものの意に近い<対称性>ならまだいい。
対称がある。 (ほとんどダメ)
対称性がある。
対称的だ。
対称的なところがある。
<対称的群>はダメだが<対称性群>は<対称群>よりいい。
置換と<痴漢>に似た混同もある。<対象>は群論、または抽象数学で取り扱うのは数字もあるが、文字もあり、一般的には、そして抽象的には何らかの<対象>だ。集合(集まり)でいえば<元(elements)>が対象だ。<対照>もまた問題で、<対照>は contrast の訳になる。ある意味では symmetry の反対語だ。<対照>は<対称>と違って<対照>だけで<対照性>の意があるようだ。
この絵(文章、表現)には対照がある。 <この絵(文章、表現)に対照性がある>ともいえるが、なのかかしこまった、説明的な感じだ。 ただし、対象、対称との混同があるので<この絵(文章、表現)にはコントラストがある>と言いそう。一方<対称>は
この絵(文章、表現)には対称がある。 ほぼダメ -> この絵(文章、表現)には対称性がある。混同を避けるためには<この絵(文章、表現)にはシンメトリがある。>がよさそう。だがコントラスト、シンメトリはカタカナで書いてもやまとことばではない。
<対称群>の解説を読んでいくと図形(正三角形、正四角形)を回転させる、正三角形の場合は120度、240度、正四角形の場合は90度、180度、270度回転させる、または中心線にそって<映し返えす>操作がある。回転させても映し返えても元の図形がそのまま保たれるので対称性(シンメトリ)があることになる。この<映す>、<映し>は英語では to reflect、reflection だ。すこし古い wiki では to flip、flip だった。
<写す>、<写し>は to copy、copy だが、移されたもの(コピー)は元の図形(図形と限らなくていい、もとのモノ、対象、 original)と同じもので、もとのモノ(original)とコピーは対称性(シンメトリ)がある。コピーは<写し>だが、もとの図形、モノ、対象を平行移動で<移した>場合も位置は変わるがもとの図形、モノ、対象はそのまま保たれ、対称性(シンメトリ)があることになる。始めの回転も中心点を固定して回すことだが、これも<移し>と考えられる。回転と平行移動の両方をしても対称性(シンメトリ)が保たれる。コンピュータでは<コピー>だけでは事半分で<ペースト、ペイスト>しないとコピーしたことにならない。
以上の<映す>、<映し>、<写す>、<写し>、<移す>、<移し>は耳で聞けは、あるいは発音すればみな<うつす>、<うつし>だ。これはやまとことばの真骨頂といえる。
以上から Symmetric Group のやまとことばとしては<うつし群>がかなり適当だ。
やまとことばの真骨頂の代表として<かわる>、<かえる>がある。<かわる>、<かえる>はコンピュータワープロで<対称>関連では
かわる - 変わる、代わる、換わる、替わる
かえる - 変える、代える、換える、替える、返る、帰る(返る、帰る、は東京発音ではイントネーションが違う)
が出てくる。一方<対称群>の解説では関連した群で
置換群 Permutation Group
交代群 Alternating Group
巡回群 Cyclic Group
があり、関連した操作で互換(Transposition)というのが出てくる。
さて<群論>の<群>の定義は
”
<集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは>
”
で二項演算をしてももとの集合 G に含まれるような群(Group)なのだ。これは言い換えると<変えても変わらない> ということだ。前の<変えても>は
換えても(変わらない)
代えても(変わらない)
イントネーションの違う<返る>、<帰る>は<もとの場所に戻ること>で、
返ると(変わらない)
帰ると(変わらない)
で意味が成り立つ。 イントネーションは違っても<かえる>グループ(群、組み)と言える。
さらには上に戻って
映しても(変わらない)
写しても(変わらない)
移しても(変わらない)
で置き換えられる。この<変わらない>は一般的に数学や物理の英語では Invariant と形容詞が使われ、極めて重要なコンセプトだ。
sptt
Friday, October 5, 2018
<群論(Group Theory)>のやまとことば - 組み
集合のやまとことば(2013年4月)
”
数学では<集合>以外に<群>があり<群論>として高等代数(抽象数学)で使われている。<群>のもとの英語は group だ。set、group ともラテン語系ではなく純英語なので(注)、<群>のやまとことばをさがしてみる。群論は<ぐんろん>と読まれるが、 群のやまとことばは<むれ>だ。<むれる>、<むれをなす>は大体似たモノが集まることだ。したがって、 group --> 群(ぐん)でいいのだが、これを<むれ(論)>とすると数学者から文句が出そうだ。数字ではなく動物が集まる感じがする。また俗語の<グルになる>は<グループになる>がもとの意味だ。
”
最近<群論の中身を少し詳しく勉強しているが、かなりな広範囲にわたっており、しかも中身があり、<むれ(論)>ではすまないようだ。<体論(数学)のやまとことば>で引用したが
<体>の方が<群>より抽象度(汎用度)が進んでいるようだが、<群論、Group Theory>の解説(Wiki)の冒頭には
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In mathematics and abstract algebra, group theory studies the algebraic structures known as groups. The concept of a group is central to abstract algebra: other well-known algebraic structures, such as rings, fields, and vector spaces, can all be seen as groups endowed with additional operations and axiom.
群論(ぐんろん、英語: group theory)とは、群を研究する学問。 群の概念は抽象代数学における中心的な概念。環・体・ベクトル空間などは、演算や公理が付与された群と看做すことができる。
"
と言う解説がある。また Wiki の<群論、Group Theory>解説のほうが<体論>の解説よりはるかに長く内容も多い。つまりは<群論>が主、<体論>は従の扱いだ。
抽象度に関しては<体>が四則演算に従うのを原則としているので、制約の少なさを抽象度の目安とすると、<群>は下記の定義からすると<体>よりも進んでいることになる。<体>は<演算や公理が付与された群と看做すことができる>。
<群>の定義 Wiki-Japan
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集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは、以下の3つの条件を満たすことをいう:
- (結合法則)任意の G の元 g, h, k に対して、μ(g, μ(h, k)) = μ(μ(g, h), k) を満たす:
- (単位元の存在)μ(g, e) = μ(e, g) = g を G のどんな元 g に対しても満たすような G の元 e が存在する:
- このような e は存在すれば一意であり、G の単位元という。
- (逆元の存在)G のどんな元 g に対しても、μ(g, x) = μ(x, g) = e となるような G の元 x が存在する:
- このような x は存在すれば一意であり、この x を g の G における逆元といい、しばしば g−1, あるいは演算を加法的に書く場合には −g で表される。
”
これが群の定義なのだが、当たり前のことなので気が付きにくいが
集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が上記の3条件を満たす
ときに群論での特別な意味をみを持った<群>になる、と言うことなのだ。この当たり前のことが<気が付きにくい>のは<群>という日本語はあまり使わないからだ。一方英語の Group は日常語でいろいろ一般的な意味があり(組み、仲間、集まり)、定義をしないと数学上の特別な意味にはならないのだ。
最後の行の解説は<群よりも広い概念として>とあるので詳しくはここで調べないが<半群>や<モノイド>の方が抽象度が高いということになる。だが<抽象度が高い>と制約が少なくなるためか何だかわからなくなる、という弊害がでてくることがある。
さて定義に戻ると、まず初めの
<集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは>とは何を言っているのか?ポイントは<組 (G, μ)>、いいかえればまず< (G, μ) という組>をつくり、<μ>二項演算で、集合 G、具体的には集合 G の元、に対する操作(演算)する。そしてその結果は演算後も集合Gにある、すなわち同じグループにとどまるということ、なのだ。ここでは<二項演算>とは何かを知っていないといけない。
二項演算 Wiki-Japan
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数学において、二項演算(にこうえんざん、英: binary operation)は、数の四則演算(加減乗除)などの 「二つの数から新たな数を決定する規則」 を一般化した概念である。二項算法、 結合などともいう。
定義
集合 A 上で定義される 2 変数の写像
また、A × A 上の写像 g が A 上の二項演算を与えるとき、A は g について閉じているあるいは g は A において閉じているという。
”
二項演算は四則演算(加減乗除)ではなく
四則演算(加減乗除)などの 「二つの数から新たな数を決定する規則」 を一般化した概念>の<一般化した概念>が重要で、数学の抽象化が進み、いろいろ応用が利(き)くことになる。加減乗除や数字にこだわることもないのだ。
さてポイントの集合(G)と演算(μ)の<組 (G, μ)>の<組(くみ)>というやまとことばについて考えてみる。
<組み>自体<グループ>とも訳せるが<グループを組む>という言い方がある。<組みを組む>とは言わない。<組み>は動詞<組む>の連用形の体言(名詞)用法。体言(名詞)用法の意味としては
1)組むということ
2)組んだ、組まれた状態
3)組まれたモノ、コト
が考えられる。
<組み>はなじみのある日常語で、小学校に入ると
1年1組、 1年2組、 1年3組 . . . .
に組み入れられる。<年>は漢語だが<組(くみ)>はやまとことばだ。運動会では紅組、白組に組み入れられる。これらの組は3)組まれたモノ、コトに相当する。英語の<クラス>は学校では<組み>の意で使われる。<組み分け>より<クラス分け>の方よく使われるようだ。
1)組むということ、については、集合を考えると生徒が元になり、<組むということ>が操作に相当するが二項演算ではない。小学校では男女に分けることはないので、分け方は学校の方針とか<きまり>によるのだろう。だがこの操作の意味での<組み>という語は使われない。<学校の方針とか<きまり>による><組み>とは言わないののだ。<組み>にこの抽象性はないのだ。ではどういうかというと、<学校の方針とか<きまり>によって><組むこと>となるか。例外はあるだろうが、日本語では動詞の抽象化は<動詞連体形>+<こと>になるようだ。
2)組んだ、組まれた状態、の意味の<組み>はどうか?<組みが悪い、良い>とはほとんど言わない。複合動詞語の<組み合わせ、組み立て>は<組み合わせ、組み立てが悪い、良い>と言う。2)の意味では<組み具合悪い、良い>はよさそうで<具合>が必要のようだ。<具合>は状態のやまとことばに相当。
動詞によってはこの<具合(状態)>の語がいらないのがある。
<走り>のいい車(くるま)
<動き>のいい(にぶい)選手(プレイヤー)
<払い>のいい(悪い)会社
<つくり>の悪い木造家屋
これらの動詞も<走り>、<動き>、<払い>、<つくり>は<走ること>、<動くこと>、<払うこと>、<<つくること>にはならないようだ。
<走り>が嫌い。 -> <走る>のが嫌い。
<動き>は体にいい。 -> <動く>のは体にいい。
<払い>は義務だ。 -><払う>のは義務だ。
<つくり>はむずかしい。 -><つくる>のはむずかしい。
これはおもしろい日本語の特徴だ。話がそれたが、
以上から体言(名詞)用法の<組み>の意味としては大方3)組まれたモノ、コトの意になるようだ。
群論にもどると、 3)組まれたモノ、コトの意の<組み>(の分析)も重要だが、<組にする>操作も重要だ。<組する>は簡潔でよさそうだが別の意味になってしまう。<組にする>方法(しかた)は、限られるが複合動詞で表せる。
組み合わせる - <組み合わせ>は数学用語で Combination の訳語だ。
組み入れる - 組み入れ <組み入れる>は<組んで入れる>ではなく<組に入れる>の意の造語法だ。
組みかえる - <遺伝子組み換え>と言うのがあるが<組み換え>という数学用語はあるか?やまとことばの<かえる>は<変える、換える、替える、代える、返る、帰る>といろいろな意味がある。
組み込む - 技術用語の Embedded は<組み込み>と訳されている。<組み込む>は<組んで込める>というよりは<組に入れ込める>の意だ。
組み立てる - <組み立て>は<工場での製品の組み立て>などのように使われるが、抽象的な意味では<構造>のやまとことばに近い。この意味でもう少し頻繁に使われてもいいのではないか。一方<つくり>も<構造>の意のやまとことば候補だ。
組み直(なお)す - 組み直し
組み分ける - 組み分け。 <組んで、分ける>は文字通りでは矛盾表現だ。上述のように<組み分け>は<クラス分け>の意だろう。
入り組む - ふつうは<入り組んでいる>のように使う。この意味で<入り組み>とは言わない。
取り組む - 取り組み <取り組む>は
今<群論(Group Theory)>のやまとことば(の問題)に取り組んでいる。
のように使い、文字通りでは<取って、組む>でよくわからない。 <取り組み>がは相撲の<取り組み>のように使い、<問題に取り組む>の<取り組み>とズレがある。少しなまって<取っ組み合いのけんか>という。この意味の<組む>では
組み敷(し)く
組み伏(ふ)せる
<組み>の使われ方
xx を組みにする 上記の<群>定義は<集合(G)と演算(μ)を<組 (G, μ)>の組みにする>と言える。
xx で組みをつくる <集合(G)と演算(μ)で<組 (G, μ)>の組みをつくる>と言える。
xx で組になる <集合(G)と演算(μ)で<組 (G, μ)>の組みになる>と言える。
<組む>にデジタル性
このポストを書いているうちに気がついたのだが、<組む>には集合の個々の元に操作を加える、個々のブロックやモジュール(これらは小さい組ともいえる)を組み立てる、組み上げる、組み合わせるような感じがる。リニアーなモノは組み立てたる、組み上げる、組み合わせるという言い方には違和感がある。ブロックやモジュールは小さい組ともいえ、小さい組で大きな組をつくるのに使われが、製造効率があがるのでこのような<小さい組で大きな組をつくる>ようだ。いづれにしてもデジタル的だ。上でとりあげたが<つくる>、<つくり>(構造)はデジタル性がないと言っていい。
Group Theory の訳語としては、<組み>に<組み具合>の意が薄いので、<組み論>でいいのではないか?<組み合わせ論>ではない。<組み論>は必ずしも<Group Theory>の<Group>
定義を表わしていないが、英語のの方も Group という語が一般的な語で語自体に<Group Theory>の<Group>の意味はなく、<Group Theory>を勉強して始めて抽象数学での特別な意味を持つようになるのだ。<組み>の抽象数学での特別な意味を持たせようとすると
”
集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が(抽象数学上の)群
”
の意味を加えて<もとがえり組み>がよさそうだ。この場合の<がえり>は<返り>、<帰り>だ。
かなりくだけるが
yy (たち)はxx をしても結局のところ<同じ穴のムジナ>だ、という言い方がある。
<同じ穴のムジナ組>も候補だ。これは<同じ穴のムジナ族、属>でもいいが<族、属>は漢語だ。
第二候補
集合を<集まり>とすると語呂からすると<まとまり>というやまとことばがある。
sptt
Tuesday, October 2, 2018
加減乗除のやまとことば
加減乗除のやまとことばは、動詞では<足す、引く、掛ける、割る>、体言(名詞)にすると<足し、引き、掛け、割り>で日常よく使い、算数からはなれた慣用ことばも少なくない。一方<加減乗除>の漢字に従えば<加える、減らす、乗(の)せる、除(のぞ)く>となるが、<乗せる、除く>はダメで、 <乗せる>は<上(うわ)乗せする>で<足す>、<除く>は<取り除く>で<引く>になってしまう。<乗、除>はもとの漢語には<掛ける、割る>の意味がある、あったかもしれないが、調べていない。
加減乗除(足す、引く、掛ける、割る)の答(結果)にも漢語がつかわれ<和、差、積、商>で教科書に出てくる。 <和、差>はいいが<積、商>、特に<商>日常ではほとんど使わない。<和(わ)>は<和をもって貴(とうと)しとなす>でやまとことばのように聞こえるが漢語由来だ。 現代北京語では<he>(四声無視、<e>は<エ>ではなく曖昧(あいまい)母音の<ゥ>)だが、広東語では<wo>と発音する。 一方<輪)わ)になる>の<輪(わ)>はやまとことばだ。<和、差、積、商>の適当なやまとことばは見当たらないが、なくても日常生活ではそれほどこまらない。大げさだがつまりは数学用の特殊な専門用語と言える。これは英語でも同じようなことが言え、
和: sum
差: difference
積: product
商: quotient
積: product、商: quotient はなじみの薄い語となる。加減乗除の英語動詞(名詞)は
足す: to add (addition)
引く: to subtract (subtraction) to deduct (deduction) でもいいようだがが数学では to subtract (subtraction) が使われている。
掛ける: to multiply (multiplication)
割る : to divide (division)
で特殊用語ではないがややあらたまった語だ。
複合動詞
<足し加える>はあまり聞かない。<足し増す>はいい。
<引き減らす>もほとんど聞かない。<引き抜き減らす>は長すぎる。
<掛け乗せる>、<掛け加える>もほとんど聞かない。<掛け増す>は理にかなっているが、これもほとんど聞かない。
<割り除く>もほとんど聞かない。<割り引く>は<割った分を引く>で理にかなっている。 <割り減らす>は理にかなっているが、これもほとんど聞かない。
<引き除く> もほとんど聞かない。
その他慣用的な言い方では
足し引き - <足し引く>という動詞も可能。
差し引き - <差し引く>も可能。意味は<引く>とほぼ同じ。
掛け引き - この意味の<かけひく>という動詞はない。ワープロでは<駆け引き>と出てくる。
割り引き、割り引く(上述)
割り増し - 割った分を増す
上乗せ - 掛け算と言うよりは足し算だ。<割り増し>に近い。
つけ足す -<つけ>は<加える>の意がある。
<引き離す>は<引く>の意にならない。物理的な<引く>の意が残ってしまうのだ。<引きつける>も物理的な意味だ。
<割る>は<分ける>でもあるが、正しくは<等しく分ける(等分)>だ。<割る>と余りが出たり、分数になったりする。一方分数を掛けることは<割る>ことになるので<掛ける>が常に<増える>ことではない。これは負数(マイナス)を足すと<引く>になるのに似ているが、<負数(マイナス)を足す>はかなり高度な数学的な技(わざ)だ。<掛ける>も見方を変えれば<同じモノ(数字)を何度も<足して>いくことなので、少なくとも<足す、引く、掛ける>は<足す>でまに合うことになる
足し合わせる
掛け合わせる - 掛け算にはならず<足し合わせる>とほぼ同じ意味。
言葉の方はかなり<いい加減>だ。
上で<和、差、積、商>の適当なやまとことばは見当たらない、と書いたが、よく探してみると
和: 足し合わせ
差: 違い
積: 掛け合わせ (これは<掛け算>の意味をもたせられるようだ)
商: 割り分けまえ (<分けまえ>だけでは等分にならない)
が可能だ。<違い>は一語ですっきりしているが、その他は複合(合成)動詞になる。
<割り切る>、<割り切れない>はよく使う。行動につながる決心は<割り切り>と言える。<割り切らない>は<決心しない>でいいが、<(なにか)割り切れない>は<(なにか)納得がいかない>の意になる。逆に<(これで)納得がいく>を<(これで)割り切れる>とはあまり言わない。
sptt