Friday, July 12, 2019

植物(学)用語のやまとことば - はなぶさ


前回のポスト<蓼食う虫も好き好き>に関連して植物(学)用語の花序のやまとことばについて調べてみた。

花序は<かじょ>と読み、耳で聞いただけでは何のことだかわからない。関連語と思われるやまとととばの<はなぶさ>をネットで調べてみると


大辞林 第三版の解説

はなぶさ【花房・英】

花が房状に群がり咲いているもの。また、その花。
花の萼がく。 〔和名抄〕


はな‐ぶさ【花房・英】

〘名〙
植物(がく)
書紀720)皇極三年六月(岩崎本訓)「劔の池の蓮の中に一の茎に二の萼(ハナフサ)ある者有り」
ふさのようになって咲く花。また、単に花。《季・春》
枕(10C終)八八「色あひふかく、花ぶさ長く咲きたる藤の花の」
植物「すずしろそう(蘿蔔草)」の異名。



となっている。昔は(がく)のことであったこともあるようだが(注)、今日では<はなぶさ>は

花が房状に群がり咲いているもの。また、その花。  
房状>は<ふさ状>と読みまたその意味だろう。)
-----
ふさのようになって咲く花。また、単に花。《季・春》
枕(10C終)八八「色あひふかく、花ぶさ長く咲きたる藤の花の」

の意が普通だろう。つまりは<はなのふさ>というよりは<ふさ (のように) なっている花>ということだろう。<ふさ>は漢字では<房>に字があてられているが、少し調べた限りでは<房>は<部屋>の意味で<ふさ>の意味がない。一方<総>は多義語だが<ふさ>の意味があるようだ。さてこの<はなぶさ>だが、植物(学)用語では広い意味で花序になる。逆に<はなぶさ>は花序のやまとことば候補だ。一方花序>をこれまたネットで調べて見ると、多くは図が出てくる、簡単なのもあればやや詳しいのもある。やや詳しいのをコピー(ペイスト)すると、

http://suzuka.la.coocan.jp/flowerphoto/kajo.JPG

花序 総状、穂状、散房、(散形)複散形、単2出集散、複2出集散、円錐、肉穂、
頭状、かま形、扇形、巻散、互散



以上は総状花序、穂状花序、散房花序、散形花序、 集散花序、. . . .

となる。いずれにしても漢字の羅列で、<かま形(がた)>を除くと、耳で聞いただけでは何のことだかわからない。扇形も<おうぎがた花序>ならいいが<せんけいかじょ>だと何のことだかわからない。

もう一つ


https://yumesaibito.at.webry.info/200703/article_84.html

植物 樹木 ■花のつき方:花序


画像



花のつき方:花序

複数の花が集まってまとまりのある形をつくっているとき、その配列様式を花序という。


という簡潔な解説があり、<花序:花のつき方>、つまりは花序のやまとことばは<花のつき方>なのだ。だがこの<花のつき方>の図もやはり漢字の羅列だ。つまり総状花序、集散花序、穂状花序、散房花序、散形花序、. . . . だ。総を<ふさ>、穂を ( 穂状は<すいじょう>と読むようだが<水上>がまず頭に浮かんでだろう) を<すい>ではなく<ほ>と読めば何とかなりそうだが、集散花序、散房花序、散形花序は<しゅうさんかじょ>、<さんぼうかじょ>、<さんけいかじょ>は耳で聞いてはもちろん読んでも何のことだかわからない。集散は<集まって散る>だが上記の集散花序の図に見られる配列はどう見れば<集まって散る>になるのか。何のことだかわからない名前の原因は<漢字制限>にあるようだ。上記の花序の名前は中国由来のようで、中国の花序名を調べて見ると

http://tc.wangchao.net.cn/baike/detail_61788.html


無限花序

図はなぜか簡体字になっているが、解説は繁体字だ。ふつうは二次元図だが、この図は三次元のイラストで立体的だ。傘房花序や傘形花序や頭狀花序は三次元イラストのほうが誤解をまねかない。



簡單花序

1、總狀花序(raceme)
  花軸單一,較長,自下而上依次著生有柄的花朵,各花的花柄大致長短相等,開花順序由下而上,如紫藤、荠菜、油菜的花序。

2、穗狀花序(spike)
  花軸特別肥大,凹陷呈囊狀,僅在上端有1小孔與外界相通,很多無柄小花著生在凹陷的腔壁上,小花單性,雄花分布在內壁的上部,雌花分布在內壁的下部,從外面看,所有的花幾乎隱沒不見,故得名,如無花果的花序。如禾本科、莎草科、苋科和蓼種中許多植物都具有穗狀花序。

3、柔荑花序(catkin)
  花軸較軟,其上著生多數無柄或具短柄的單性花(雄花或雌花),花無花被或有花被,花序柔韌,下垂或直立,開花後常整個花序一起脫落。如楊、柳的花序;栎、榛等的雄花序。

4、傘房花序(corymb)
  或稱平頂總狀花序,是變形的總狀花序,不同于總狀花序之處在于花序上各花花柄的長短不一,下部花花柄最長,愈近花軸上部的花花柄愈短,結果使得整個花序上的花幾乎排列在一個平面上。花有梗,排列在花序軸的近頂部,下邊的花梗較長,向上漸短,花位于一近似平面上,如麻葉繡球、山楂等。如幾個傘房花序排列在花序總軸的近頂部者稱複傘房花序,如繡線菊。一種變形的總狀花序。開花順序由外向裏。如梨、蘋果、櫻花等的花序。
  
5、頭狀花序(capitulum)
  花軸極度縮短而膨大,扁形,鋪展,各苞片葉常集成總苞,花無梗,多數花集生于一花托上,形成狀如頭的花序。如菊、蒲公英、向日葵等。

6、隱頭花序(hypanthodium)
  花序軸特別膨大而內陷成中空頭狀,許多無柄小花隱生于凹陷空腔的腔壁上,幾乎全部隱沒不見,整個花序僅留頂端一小孔與外方相通,爲昆蟲進出腔內傳布花粉的通道。小花多單性,雄花分布內壁上部,雌花分布在下部,如無花果、薜荔等。

7、傘形花序(umbel)
  花軸縮短,大多數花著生在花軸的頂端。每朵花有近于等長的花柄,從一個花序梗頂部伸出多個花梗近等長的花,整個花序形如傘,稱傘形花序。每一小花梗稱爲傘梗。如報春、點地梅、人參、五加、常春藤等。

8、肉穗花序(spadix)
  基本結構和穗狀花序相同,所不同的是花軸粗短,肥厚而肉質化,上生多數單性無柄的小花,如玉米、香蒲的雌花序、有的肉穗花序外面還包有一片大型苞葉,稱佛焰苞(spathe),因而這類花序又稱佛焰花序,如半夏、天南星、芋等。
  以上所列各種花序的花軸都不分枝,所以是簡單花序。另有一些無限花序的花軸具分枝,每一分枝上又呈現上述的一種花序,這類花序稱複合花序。常見的有一下幾種:

複合花序

1、圓椎花序(panicle)
  又稱複總狀花序。長花軸上分生許多小枝,每個分枝又自成一總狀花序,如南天竺、稻、燕麥、絲蘭等。
  2、複傘形花序(compound umbel)
  花軸頂端叢生若幹長短相等的分枝,各分枝又成爲一個傘形花序,一分枝又自成一傘房花序,如胡蘿蔔、前胡、小茴香等。
  3、複傘房花序(compound corymb)
  花序軸的分枝成傘房狀排列,每一分枝又自成一傘房花序,如花楸屬。
  4、複穗狀花序(compound spike)
  花序軸有1或2次穗狀分枝,每一分枝自成一穗狀花序,也即小穗,如小麥、馬唐等。
  5、複頭狀花序(compound capitulum)
  單頭狀花序上具分枝,各分枝又自成一頭狀花序,如合頭菊。

(もっと詳しく知りたければ https://slidesplayer.com/slide/11304517/)


集散花序、散房花序、散形花序は元来(多分)中国では

集散花序 -> 衆傘花序、衆撒花序 (撒=傘) (これは上の中国語版にはない)

(集散花序 [cyme] 。もっと詳しく知りたければ https://ww1.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/kajo_junjo.html)

散房花序 -> 傘房花序

散形花序 -> 傘形花序

集は衆でともに<集まり>の意があるが、散に傘の意味はない。傘の意味があるのは<撒>でこれが繁体字では出てくる。

總狀花序(raceme)  - racemus
穗狀花序(spike) - spike
傘房花序(corymb) - corymbus
傘形花序(umbel)  - umbel (umbrella の関連語)
圓椎花序(panicle) - panicle

中国名は英語(西洋語)の影響を受けていると考えられる。ちなみに

racemus (ラテン語) racēmus m (genitive racēmi); second declension cluster or bunch of grapes, berries or similar fruits quotations
spike -  とげ
corymbus (ラテン語)corymbus m (genitive corymbī); second declension

cluster of fruit or flowers
umbel - umbrella
panicle (英語)-  Borrowed from Latin pānicula, diminutive of pānus (ear of millet, literally 'thread wound on a bobbin'), from Ancient Greek πῆνος (pênos, web), πηνίον (pēníon, bobbin).
panicle (plural panicles) (botany) A compound raceme. 
Hyponyms tassel (ふさ(飾り))

しつこいようだがまだ続く。<はなぶさ>は響きのいいやまとことばだが、花序のやまとことばとしては<はなぶさ>よりも<花の付き方>の方がいい。

花の付き方; 複数の花が集まってまとまりのある形をつくっているとき、その配列様式(並び方の姿)を花序という。

でいいと思うが<序>は<序列(配列)>以外に<順序>の<序>の意がある。英語では<花の付き方>に相当する学術用語 inflorescence というのがある。florescence だと<花の(集まりの)配列)>だが、あたまに in がついたinflorescence と時間的に見た花の咲き方、咲く順序だろうから漢語だが<花序>がふさわしい。一方やまとことばの<花の付き方>は配列(の様式)のみならず時間の差による花の付き方を含む<花の付き方>とも言えるので一般的だ。


集散花序 [cyme]  は上に述べたように上に中国語版にはない。下記の英語版の資料のよれば、

集散花序 [cyme] は傘房花序 (corymb) に似ているが、花の付き方の時間的順序が違うようだ。

https://www2.palomar.edu/users/warmstrong/terminf1.htm


3. Inflorescence Types






具体的な<花の付き方>のやまとことば候補

總狀花序 (raceme)  - racemus 子総(こふさ)形
穗狀花序 (spike) - spike    稲穂(いなほ)形  上の中国語の解説に ”禾本科、莎草科、苋科和蓼種中許多植物都具有穗狀花序” というのがある。<禾本科>は<イネ科>。
傘房花序 (corymb) - corymbus   これは難しい。傘房が何だかわかないのだ。図は二次元だが実際は三次元で、<じょうご>のような形だ。また頭(上部)が平らに近い<子総(こふさ)形>だ。<じょうご>は純やまとことばではなさそうだが<じょうご形>としておく。
傘形花序 (umbel)  - umbel (umbrella の関連語) -  傘(かさ)形
圓椎花序 (panicle) - panicle -大総(おおふさ)形

集散花序 [cyme] <じょうご形>だが、傘房花序 (corymb) との区別が必要だ。


(注)

(がく)は北京語では<è>(曖昧母音の<エ>)だが広東語では<ngok>でこれは<ゴク>に近い、さらには<ガク>に近い。したがって、ほぼ間違いなく、(がく)は漢語由来でやまとことばではない。<(がく)は>の意の<はなぶさ>は漢語の<がく(萼)に>に取って代わられ、意味が<はなぶさ>に移っていったのだろう。

似かよった字の<鰐(わに)>も

と発音する。

この<はなぶさ>の意味の移転はおもしろい。(がく)の意味での<はなぶさ>の<ふさ>は<ふさぐ>に関連があるのではないか? 昔 (いにしえ) の人々の自然の観察力は、テレビやスマホに目も頭も奪われていてはこの自然の観察力は育たない。(がく)は大体葉お同じ緑色で花のもと(下、元、基)で花を<ふさぐ>ように支えている。<花ざさえ>ともいえる。



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蓼(たで)食う虫も好き好き


<蓼(たで)食う虫も好き好き>はよく聞くし私も使ったことがある。意味は間違いないと思うが

一般には好きになれないヒト、モノを好く人がいる。好みはさまざまで、人によりけり。

といった意味だろう。

物理的な世界は物理や化学の法則で成り立っていると思うが、<好み>は人の世(社会)を作り上げる重要な要因でバカににできない。

さて<蓼食う虫も好き好き>の<好き好き>は<すきき>と読む、というか実際の発話は<すきき>で<すきき>ではない。<好き好き(すきすき)>だと<たいへん好き>になるだろう。<すきき>の意味は<好ききらい>あるいは<好き、好きでない(好きじゃない)>だろうが、この意味では<好き好かず>のはずだが、なぜか<すきずき>。<すきずき>の<ず>には否定の意味がふくまれているのか?

ところで、 <蓼食う虫も好き好き>を口にする人のうち実際に蓼(たで)を食べた人は幾人いるだろうか? 漢字の蓼は中国語では<寂寥(せきりょう)>の寥(りょう)と同じよみ<りょう>で<たで>とはまったく関係がない。<たで>は生粋のやまとことばだ。<田(た)に出(で)てくる(草)>が語源か?


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Monday, April 29, 2019

愛(情)と友情のやまとことば

L'amore e l'amicizia sbocciano dove le persone sono oneste.

はイタリア語のアフォリズムだが、日本語に訳すと

愛と友情は正直者に芽生(ば)え、花開く。

英語では
Love and friendship grow (exist) where people are honest.

といったところか。 sbocciano は sbocciare は<開く>という(原形)動詞(の三人称複数現在形)だが (un) boccio は<花のつぼみ>のことなので sbocciare は<開く>とは言っても<芽が吹き(花が咲く)>の意味がある。<正直>は漢語なので言いかえて

愛と友情はいつわりなき者に芽生え、花開く。 

これだと単なるステートメントの感じでインパクトがないので

まとことの愛と友情はいつわりなき者に芽生え、花開く。 

としておく。少しくだけて

まとことの愛と友情にゴマカシの入(はい)る場はない。(<余地はない>がいいが<余地>は漢語だ)

こうすると後半はやまとことばとなっていいが、前半の<愛>、<友情>は漢語だ。

<愛>と<友情>のやまとことばは何か?<友情>はくだけて<友達づきあい>とすると

まことの愛と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。(<つきあい>を考慮して<に>を<の間に>変えてある。)

愛は恋(こい)というやまとことばがあるので、これを使うと

まことの恋(こい)と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。

となるが、アフォリズムの訳語としてはまだかなりのイマイチ。また<恋と友達づきあい>はゴロが悪い。いったい<愛>と<恋>は違うようだ。<愛し合う>とは言うが<恋しあう>とはあまり言わない。これからすると<恋>はどうも個人的で一方的な感情、そして多くは<片思い>のようだ。人類愛、隣人愛、世界愛とはいえるが人類恋、隣人恋、世界恋は聞かない。<愛>と<恋>は違うのだ。友情、<友達づきあい>に関連させると<恋愛(れんあい)>あるいは<恋愛関係>がよさそうで

恋愛(関係)と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。

となり、よさそうだが恋愛(関係)は残念ながら漢語だ。いろいろ考えたがいいやまとことばが出てこない。

(中断)

さらにいろいろ考えた。恋愛関係は<恋人同士の関係>ともいえるが、<同士>は漢語だ。そこで思い切って<恋人たち>とする。そうすると<友達づきあい>は<友だち>でいい。<関係>は文字ずらからはなくなるので<者の間>はおかしくなる。そうすると

まことの恋人たちと友だちにはウソやゴマカシの入(はい)る場はない。

となる。まだまだイマイチだが、すこしアフォリズムらしくなり、そしてすべてやまとことばになる。

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よく、または少し考えると 日本語では(日本人は)<愛>と<恋(こい)>は無意識的に使い分けている。しかし、基本的には、英語国民は love、イタリア語国民は amore、中国語国民は<愛>の一語で<愛>と<恋(こい)>に対応させていることになる。


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<愛と友情>のやまとことばは何か?



Friday, February 15, 2019

<甘える>と<甘んじる>-似て非なるもの - 結論編


かなり前のポスト<<甘える>と<甘んじる>-似て非なるもの>の始めと終わりに次のように書いておいた。


<あまえる>、<あまんじる>は漢字で書くと<甘える>、<甘んじる>で関連がありそうに見える。しかし、よく調べてみると<甘える>と<甘んじる>は似て非なるもののようだ(何か関連がありそうでもある)。

大幅中略

 <甘(ama)い>と<余(ama)り>は関係がありそうだが別の機会に検討予定。



前のポストではもっともらしいことを書いたが、これは行き過ぎ、こじつけ過ぎで、結局のところ<甘んじる>の方は

xxxxを甘んじて受ける

の意で、これは漢語の<甘受xxxx>由来で十分説明できる。<甘受xxxx>は原文で三国演義を読んでいるときに<輒>という見慣れない字を辞書で調べているときに出くわした。辞書では例文として

甘受專輒之罪

をあげている。<輒>は前の字<專>(専断、専制の<専>)と同じような意味。

<xxxx>のところは<受けたくない>内容がくる。 <受けたくない内容だが、よろこんで受ける>と言う意味なのだ。これで

現状に甘んじる
批判に甘んじる
屈辱に甘んじる

はいずれも説明できる。 <甘い>と<よろこんで>はすぐには結びつかないが、<苦(にが)く受ける>の逆を想像すればいい。

<甘んじる>は上記とはズレがあるが<満足する>の意があり<今回の勝利に甘んじることなく、精進(しょうじん)する>といったスポーツ選手の言い方がある。日本語らしくはないが、これは<今回の勝利に己(おのれ)を満足させることなく>とすると積極性がでる。さらには、もとへもどって<今回の勝利に己(おのれ)を甘えさせることなく>となる。したがって<あまえる>、<あまんじる>は関連があるというか、同根なのだ。


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Monday, January 21, 2019

<あなどる>の語源


<あなどる>は漢字で書くと<侮る>で侮辱の侮(ぶ)だ。<侮る>の意味は侮辱ほどのことはなく<軽く見る>というのが辞書にある。<甘く見る>、<バカにする>やいかにもやまとことばらしい<見くびる>もこれに近い。なぜか否定用法が多い。

そうあなどりなさんな。
これを軽く見てはいけない。
そう甘く見ない方がいい。
バカにしないで。そうバカにしたものでもない。

否定でない例

あなどると、軽くみると、甘くみると、バカにすると、みくびると、ひどい目にあうぞ。

 さて<あなどる>の語源だが、いろいろ考えてみたが、説得力のある説明がみつからない。

<穴を取る>では何のことだかわからない。頭の<あ>は接辞だろう。そうすると<などる>となるが、これまた何のことだかわからない。<などる>の古形は<なづ>だろう。語呂からだけでは<なでる>があり、これも古形は<なづ>だろう。<なでる>が標準語だろうが<なぜる>と言うのもある。<頭をなでる>は子供をかわいがったり、ほめたりするときに付随する動作だが、少し飛躍すれば<軽く対応する>(なでておく程度に扱う)の意になる。

<なでる>の<な>を接辞とすると、原形は<づる>、<ずる>だろう。 <づる>、<ずる>はさらに<擦(す)る>由来だろう。<擦(す)る>は超一般動詞の<する>とイントネーションが違う。<擦(す)る>は派生語がけっこうある。

擦る
こする
さする
なする (なすりつける)
ゆする

ずる
(いざる、いざり寄る)
けずる
めずる (虫めずる姫君)これはまちがい。<めづる>が正解。<めでたい>は関連語だろう。
ゆずる

ずれる
はずれる
ずり落ちる
ずるける

ずる休み
ずるをする  

<擦(す)る 、こする、さする 、なする>は同じような動作だ。<けずる>もこの仲間といえる。

<見くびる>は<くびる>が<くびれる>で、これは<筒状のもの一部がへこんで細くなる>ようなことで、蜂の胴体はくびれている、などと言う。この<くびれる>を連想すれば<みくびる>の意は出てきそう。<見くだす>、<見さげる>は<見くびる>とは違う。

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Friday, January 18, 2019

<いのり>、<のろい>、<なのり>


<いのり(祈り)>と<のろい(呪い)>は古語の<のる>関連語だ。

いのり <- いのる
のろい <- のろう

<のる>は今は使わないが

<なのる(名+のる)>で今も使われている。<なのり>は<なのる>の連用形の名詞(体言)用法。<名を名のれ>はおかしいが使われるのは<なのる>の元の意味が薄れてしまったためか、語呂がいいためからだろう。その他では

のりと (祝詞)
みことのり <み+ことのり>の<ことのり>の<のり>
<のたまわく>(<- のりたまわく) の<の(り)>

にからくも残っている。

<のる>は単なる<言う、語る>ではなく神がかった><言う、語る>と言える。

漢字の話になってしまうが、<呪う>は違うが

祈り

社(やしろ)
祭り
祟る(たたる)
祠(ほこら、と読む)
禰宜(ねぎ、と読む)

はいずれも<示>がつく。さらには

祝う


禍い(わざわい)
禁じる (北京の紫禁城)

は<示>がつく。

いまは名刺交換などで簡単にすませているが、<名のり>は一種の儀式で昔はく神がかった>ものだったろう。<問われて名のるもおこがましいが>と言う決まり文句がある。日本のむかしの戦記物での<名のり>は勇ましく、自慢げなのが多い。水滸伝では<名のり>の場面が随所にでてくるが、<問われて名のるもおこがましいが>と同じくへりくだった言い方が多い。とくに主人公の宋江の場合がそうだ。水滸伝の時代背景は宋の時代だが、水滸伝が書かれたのは明の時代。中国、日本で謙譲の美徳が出てきたのはいつごろからか?


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Wednesday, January 16, 2019

<かわいい>の語源と派生語


<かわいい>は<可愛>の中国語発音がなまったものと長らく思っていたが、<いじらしい>、<にくらしい>、<いやらしい>、<いやががらせ>などを調べているうちに、たまたま手もとの三省堂辞書で<かわいい>を引いてみたら、<可愛>はわたしのカン違い、先入観で、<かわいい>はれっきとした大和言葉なのだ。もともとは<かははゆし>でこれが(<かはゆし>)<かわゆい>、<かわいい>に変わっていった、とある。<かははゆし>の項目はこの現代語の三省堂辞書にはないので、Wiki-Japanにあったてみた。

Wiki-Japan<かわいい> の一部


語源とその変遷
「かほはゆし(顔映ゆし)」が短縮された形で「かはゆし」の語が成立し、口語では「かわゆい」となり、「かわゆい」がさらに「かわいい」に変化した。
「かほはゆし」「かはゆし」は元来、「相手がまばゆいほどに(地位などで)優れていて、向けしにくい」という感覚で「気恥ずかしい」の意であり、それが転じて、「かはゆし」の「正視しにくいが放置しておけない」の感覚から、先述の「いたわしい」「気の毒だ」の意に転じ、不憫な相手を気遣っていたわる感覚から、さらに「かはゆし」(「かわゆい」「かわいい」)は、現代日本語で一般的な「愛らしい」の意に転じた。
「かわいい」の漢字送り仮名による表記の「可愛い」は、当て字との説もあるが、中国から伝来した文学等の文書に見られる、「愛らしい」の意の語「可愛可爱)」に由来するとも思われる[要出典]。この語は現代中国語で「カアイ」という音形を持つため、かわいいの語幹と音も近似する。現代中国語でも「愛らしい」の意では一般に使用される。
形容詞に「〜そう」をつけることで、推定を表す単語にすることが可能だが、「かわいい」の場合、「かわいそう」となり「哀れみ」などの意味にもとれることになり、話者の意図に合わない。そこで、最近では、「かわいい」の語源である「かわゆい」に「〜そう」をつけた形である「かわゆそう」という表現が適切だという見解もみられる。


(注:現代中国語で「カアイ」という音形、は<クアイ、ke-ai、だが<e>は<エ>ではなく、いわゆる曖昧母音の<e>
<形容詞に「〜そう」をつけることで、推定を表す単語にすることが可能だが、「かわいい」の場合、「かわいそう」となり「哀れみ」などの意味にもとれることになり、話者の意図に合わない。>のところは、その前にある<先述の「いたわしい」「気の毒だ」の意に転じ、不憫な相手を気遣っていたわる感覚から>という解説からすれば意図に合わないことはない。)

前半の<かほはゆし>が<かわいい>に変わっていく過程の説明は想像を絶するものがある。いいくら想像をたくましくしても<かほはゆし>は<かわいい>にならない。木の枝分かれは、よく見ると、これに似たところがある。何らかの原因、複雑に絡み合ったもろもろの原因がなせるわざだろう。生物(動物、植物)の進化も想像を絶するものがある。この想像を絶する変化、派生は限りなくおもしろい。

これである程度了解したが、後半の解説は私の疑問と同じようなところがある。<かわいい>はほぼ完璧(かんぺき)な派生語をつくる。

かわいがる
かわいそう
かわいらしい

ところが以上は<がる>、<そう>、<らしい>の一般的な解説では説明がつかないのだ。

<がる>(<がる>シリーズのポスト参照)

第一義は

いかにも<いやだ>という状況にあるという印象を与えるような言動をする。

第二義は

いかにも<いやで>あるかのようにふるまう。

<かわいがる>はこのような定義では説明がつかない。

<そう> 

これはまだ調べていないが<そう(だ)>は<よう(だ)>に似たところもあるが(<行きそうだ>)、<行くそうだ>は伝聞の助動詞。

<かわいそう>はこれだと説明がつかない。

これはWikiの解説で説明がつく。

<らしい>

推定: <来るのはどうやら花子らしい>、<行くらしい>
xx にふさわしい、につかわしい    男らしい決断、女らしいしぐさ

詳しくは ”大和言葉<xxx らしい>と漢語<xxx (の)よう(様)だ>の対決” 参照。

<かわいらしい>はこれでは説明がつかない。

いま調べている<いじらしい>も同じようなところがあり<いじ>と<いじらしい>が結びつかないのだ。もっとも<いじ>が何だかよくわからない。

<いじらしい>は上のWiki解説のなかにある<先述の「いたわしい」「気の毒だ」の意に転じ、不憫な相手を気遣っていたわる感覚>に通じるものがあるが<いじ>との関連がよくわからない。

似たようなよくわからないのに

うるさい
うるわしい
うれい
うれしい 

がある。別途チェック、検討予定。

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