Tuesday, January 14, 2020

ちから


<ちから>は世の中の<動きのもと>(原動力)、世の中を動かすおおもと、みなもとで、やまとことばの最重要語のひとつだろう。手もとの三省堂の辞書(新明解国語辞典、第6版)では

”
それ自身のいとなみとしてそのものが持続したり、変化したりする(そのものが他のものに影響や変化を与える)作用を可能にしている根源だと考えられているのもの。

”

という日本語離れした解説だ。苦心のすえの解説だと思うので批判はしないことにする。

<ちから>の熟語、慣用句を思いつくまま並べてみよう。

ちからいっぱい
ちからおよばず
ちからくらべ
ちからしごと
ちからずく(づく)
(お)ちからぞえ
ちからだめし
ちからつきて
ちからづよい
ちからなし(に)
ちからまかせに
ちから水(すもう)
ちからもち

くそぢから
そこぢから
バカぢから

ちからのかぎり
愛のちから
カネのちから
ことばのちから

ちからをあわせる
ちからを入(い)れる
ちからをおよぼす
ちからをかける
ちからをかす(貸す)
ちから をくじく
ちからをこめる
ちからをそぐ
ちからをそそぐ
ちからを出す、出しおしむ
ちからをためる
ちからをつくす
ちからをつける
ちからをひめる
ちからをふるう (ちからを発揮する)
ちからを見せる、見せつける

ちからがあまる(ちからあまって、ちからのあまり)
ちからがある、ない
ちからがたりない
ちからが出る、出ない
ちからがぬける
ちからがわく

ちからになる、ならない
ちからにまかせて (ちからまかせに)

(追加予定)

熟語、慣用句の方はかなりこなれた日本語だ。意味内容で分けられると思うが、ここではとりあえず省略。

<ちから>は英語では force が一番近い。純英語のようだが、イタリア語では forza というのでラテン語由来だろう。自然界を動かす根源である force の正体を

F = ma (質量x加速度)

と分析したのはニュートンで、人類の歴史上の最大の発見の一つだろう。加速度は速度の変化率のことで、速度は(m が動いた(F が m を動かした))距離を時間で割ったもの。<ちから>は漢語では<力>で、動力(これはありそうであまりきかない)、電力、水力、火力というが、これらは英語では force ではなく power だ。

<パワーがある>とも<力(ちから)がある>ともいうが使い分けがあるようだ。漢語になってしまうが<電力、水力、火力>のついでに

力学、流体力学、熱力学
電力 / 水力、火力、原子力、風力(発電)、磁力(線)
重力、引力、圧力、弾力、応力
体力、眼力、聴力、抵抗力、回復力
知力、観察力、理解力、分析力、統合力
総合力
経済力、政治力、権力、勢力
軍事力、暴力、防衛力、守備力
統率力(リーダーシップ)
実行力、行動力
努力
活力、生命力
反発力、吸収力
耐久力、持続力
実行力

<力>は<りき>とい言い方もある。

自力(じりき)、地力(じりき)
力士(りきし)

(追加予定)

いくらでもありそうで、物理学、自然、経済、政治、社会、生活と多岐にわたって<力>が使われている。したがって<力>がわかれば(理解を深めれば、見方を多様化すれば)世の中がよく見えてくることになる。残念ながら以上の<力>は漢語で<ちから>ではなく<りょく>と読み発音する。また以上の<xx力>を英語に訳すと、xx force、xx power になるとは限らない。おもしろいが英語の話はここでは深入りしない。使われ方をみると、やまとことばの<ちから>は漢語の<力(りょく)>に比べかなり劣勢だ。

<能力>は<できる力>だ。英語では ability とか capability に相当。上の辞書の解説に<作用を可能にしている根源>とある。

運動能力、探知能力、発電能力

これもいくらでもありそう。

英語の power も何だかよくわからない。 電力は水力(水のちから)、火力(火のちから、これは正確には蒸気発電、蒸気のちからか)、風力(風のちから)とは違う。電力発電はナンセンス。電力は<電気のちから>だが Electrical Force ではなく Electrical Power (略号:P)となる。電気のちから(電力)でモータを回して回転力(回しぢから)を得ることができる。英語では Electrical Power ではめんどうなので状況で誤解をまねかなければ Power だけで電力になる。電力は<電気のちから>でもいいようだが<電気のちから>という言い方は使われ方はかぎられている。

何だかよくわからない power (パワー)だが、ラテン語系のイタリア語が参考になる。 Power の語源は調べていないがはラテン語系統ではないだろう。

Collins English-Italian Reverso Dictionary

power

    a      (physical strength, also)      (fig)   forza  ,   (energy)    energia,   (force, of engine, blow, explosion)    potenza,   (of sun)    intensità,   (electricity)    elettricità

    b      (ability, capacity)    capacità    f inv  , potere    m     ,   (faculty)    facoltà    f inv  
    mental powers      capacità    fpl   mentali  

    c      (Pol, authority)   potere    m  , autorità    f inv    
      (もっと詳しくは末尾参照)

      つまりは power を power という言葉を使わないで説明していることになるわけだが、

      a) ちから、エネルギー、ポテンシャル、強さ、電気
      b) 能力(できること)
      c) 権力

      と説明している。a) は分類しないといけない。

      power = forza (ちから)

      <パワー>と<ちから>は同じではないのでイタリア語でも混乱しているというか、区別はあいまいなようだ。<エネルギー>はこれまたなんだかよくわからない。

      potenza がよくわからないが、potenza は動詞 potere の名詞形だ。 potere は英語の助動詞 can に近い。ただし potere は名詞としてもつかわれる。(末尾参照)

      intensità はほぼ intensity の意で

        (gen, Fis)   
      intensity  ,   (del vento)    force, strength(つよさ)

      日本語では<ちから>と<強さ(strength)>の区別があるが、中国語では<強さ(strength)>も<力>であらわすようだ。たとえば紙袋、ロープ、さらにはヒトなどの耐久力は<強い、弱い>ではなく<力がある、力がない>であらわす。また power は中国語では<功率>という。訪問先の中国工場で電源製品の規格書で<功率>が出てきて、日本語の効率で解釈してわけが分からなくなった経験がある。そして相手に言わせればトンチンカン ”この<功率>とはなのか?” という質問をしたが回答、説明はなかった。トンチンカンなやつ、変な日本人だと思ったのだろう。中国語の<功率>とはどういうことか?

      Wiki中国語版

      ”
      功率(英語:Power)定義為能量轉換或使用的速率,以單位時間的能量大小來表示,即是作功的率。

      ”

      能量はエネルギーのこと。Power は Energy の時間微分(極限微小時間ごと変化率)で、エネルギーの使用効率ではなく<エネルギーの使用速率>と理解しておく。

      elettricità はほぼ electricity の意。日本語では<電気>に相当が、上記のように英語では Power は電力になる。

      末尾に例句があるがイタリア語では、場合により current (corrente) 電流が power 電力の意になるようだ。

      to cut off the power        (Elec)   togliere la corrente  
      the power's off      la corrente è staccata    


      正確さは別として、水の流れを連想すると、目に見えない power 電力よりも具体的だ。

      日本語の例でも

      (お)ちからぞえ  
      ちからをかす(貸す)
      ちからになる 

      などの表現があるが、これは<助け>に相当する。末尾の英語例文では

      it is beyond his power to save her      non può far nulla per salvarla  
      to do all in one's power to help sb      fare tutto quello che si può per aiutare qn

       という言い方がある。
       

      さてやまとことばの<ちから>にもどって<ちから>は

      ちからもち
      ちからを出す、出しおしむ
      ちからをためる

      で言葉上は<もつこと>、<出すこと>、<出さないこと>、<ためること>ができるしろものなのだ。一方

       ちからを出す(他動詞)

      とも

      ちからが出る(自動詞)

      ともいう。

      これはよくわからない<ちからの正体>をかいま見させる。

      ちからを出そうとしても ちからがで出ない。

      という方があるので、<ちから>はコントロールできないしろもののようだ。 また基本的には<ちから>は<でる>、<でてくる>もののようだ。

      では何が<ちからを出させるのか?>、何が<ちからが出るように>にするのか?冒頭の辞書の解説のように<ちから>は<動きのもと、おおもと、みなもとで>なので、この問いは<動きのもとのちからのもとは何か>という問いになる。パワー、エネルギーという言葉を使うと

      ちからのもとはパワー。そしてパワーのもとはエネルギー。

      具体的には

      腹が(極端に)へるとちからが出ない。

      のは事実だ。これは

      腹が(極端に)へるとちからを出すパワーがない。

      とも言えそうで、これはさらに

      腹が(極端に)へるとエネルギー不足で、パワーがないので、ちからが出ない。

      で何となくよさそうだが、パワーもエネルギーもやまとことばではない。また

      ちから = パワー(power) = エネルギー (上記の英語-イタリア語ネット辞典)

      とすると

      <ちから>のもとは<ちから>で、そして<そのちから>のもとは<ちから>だ。

      となってナンセンスだ。

      さて

      P = V(電圧) x  I(電流)

      という公式、等式がある。この式は理解しにくいところがある。実はこのポスト<ちから>を書きはじめたのはこのためだ。したがて、これまでは前置きで、これからが本番。繰り返しになるが<作用を可能にしている根源>が参考になる。

      V(電圧)はポテンシャルで、<作用>ではなく<作用を可能にしている根源>ともいえる。 I(電流)の方はわかりにくく、<根源>にさかのぼると

      Wikiの解説

      ”
      定常的に流れる電流 I は次のように計算できる。
      I = {Q \over t} \,
      ここで、Q は電荷、t は時間である。このとき電流の流れる向きは、電線に沿って正の電荷が流れる方向と定められる。
      より一般的に表すと、ごくごく短い時間 dt に流れる電荷量を dQ とすると次のように表される。
      I = \frac{dQ}{dt} \,
      ここで電荷 Q は電流計によって電流量を測定した区間を流れた電荷の量を表し、(後略)

      ”

      (sptt注<電荷 Q は電流計によって電流量を測定した区間を流れた電荷の量を表し>は< Q は電流計によって電流量を測定した区間を流れた電荷の量を表し>とすべきだろう。もっともこの説明自体よくわからない。英語版は<More generally, electric current can be represented as the rate at which charge flows through a given surface>で電流計も区間も出てこない。)

      <定常的に流れる>とは<一定(不変)>とういうことで、こまかいことをいえば実際には起こりにくい。二番目の式は<微分(方程)(等)式>で<より一般的に表すと>こうなる。つまりは、実際には起こりにくい<一定(不変)>ではなく、常に変わる場合にも適用できる。<一定(不変)>でもいいので一般化が進んでいることになる。二番目の式はダイナミックな変化状態をあらわせるのだ。微分もニュートンが発明(発見か)したことになっているので、ニュートンの偉大さがわかる。F = ma も<a(加速度)>は<速度の微分>なので<微分(方程)(等)式>なのだ。さて I(電流)にもどると

      Q(チャージ、電荷)を時間(t)で割ったもので、時間が関係している。ゼロでは割れないので、時間が経過しないと(t = 0) I(電流)はナンセンスになる。一方<微分(方程)(等)式>の方はナンセンスではなく、微分は値(この場合はQ)に変化がないと結果はゼロになるので I(電流)はゼロといえる。

      よくわからないが、 I(電流)は、ポテンシャルなV(電圧)にくらべ、実行、実施(to carry out という英語表現は<電荷を運んでいる>感じがある)、作用に関連しているようだ。最初の式にもどって

      P = V(電圧) x  I(電流)

      この式は本来<P と V と I の関係式>なのだが、直観的に電圧がないと電流はない、出てこない、と言えそう。そして逆の場合の<電流がないと電圧がない、出てこない>は考えにくい(注)。 数学では、トリッキーだが、等式は<xxというわけでという理由や原因はなく、こういう関係にあると定義する>場合が少なくない。この等式もそう考えた方がよさそう。電圧と電流の単位は違うのだ。V(電圧)の単位はV(ボルト)で、

      Voltage = Energy / Charge

      という関係がある。

      一方 I(電流)の方は単位はA(アンペア)で上述のように

      Current = Charge / time

      という関係がある。

      したがって

      P(電力)= V(電圧) x  I(電流) =(Energy / Charge)x(Charge / time)

      P =Energy / time

      となる。 P(電力)とエネルギーの関係等式だ。Wikiの Electric power の解説


      Definition (定義であることに注意)
       
      Electric power, like mechanical power, is the rate of doing work, measured in watts, and represented by the letter P. The term wattage is used colloquially to mean "electric power in watts." The electric power in watts produced by an electric current I consisting of a charge of Q coulombs every t seconds passing through an electric potential (voltage) difference of V is

      P={\text{work done per unit time}}={\frac {VQ}{t}}=VI\,
      where
      Q is electric charge in coulombs
      t is time in seconds
      I is electric current in amperes
      V is electric potential or voltage in volts

      おそらく work (仕事、物理用語)が何だかよくわからないだろうが、こういう定義(VQ)なのだ。

      P =Energy / time

      この式は

      P(電力)はエネルギーとみなしていい。違いはP(電力)は時間当たりのエネルギー量で、時間が実際に経過しないとエネルギーにならないのだ。ある意味ではポテンシャルと言える。したがって、P(電力)はまだ出ていな、出していない<ちから>。一方エネルギーの方も時間に関係しているが

      Energy = Power x time

      で Power すなわち<ちから>に変わりはない。違いはエネルギーは出そうとすれば Power という時間(あたりの)割合(time rate)で出てくる<ちから>を<足し合わせた><ちから>なのだ。<出そうとすれば>は肝心で、ださなければ、エネルギーもポテンシャルなのだ。

      以上から

      ちから、パワー、エネルギー ともすべてポテンシャル。

      ということができる。 このことから

      腹がへるとちからが出ない。
      腹がへるとパワーが出ない。
      腹がへるとエネルギーが出ない。

      は同じことをいっていることになる。パワーやエネルギーという外来語がなくても<ちから>でまにあうだろう。上に<実行力>を書いたが、<実行力>も実行しないうちはポテンシャルにとどまる。その他の<xx力>、<xx能力>もみなポテンシャルだ。

      ところで食べ物にはカロリーがある。カロリーはエネルギーの単位で

      1 cal = 4.184 J 

      ヒト(動物)の<ちから>のもとは<熱エネルギー>か?



      末尾

      Collins English - Italian Reverso

      power

        
      1       n  
      a      (physical strength, also)      (fig)   forza  ,   (energy)    energia,   (force, of engine, blow, explosion)    potenza,   (of sun)    intensità,   (electricity)    elettricità
      to cut off the power        (Elec)   togliere la corrente  
      the power's off      la corrente è staccata  
      the ship returned under its own power      la nave è tornata con i propri mezzi  
      more power to your elbow!      fam   dacci dentro!  
      nuclear power      energia nucleare  
      solar power      energia solare  
      b      (ability, capacity)    capacità    f inv  , potere    m     ,   (faculty)    facoltà    f inv  
      mental powers      capacità    fpl   mentali  
      it is beyond his power to save her      non può far nulla per salvarla  
      to do all in one's power to help sb      fare tutto quello che si può per aiutare qn  
      the power of speech      la facoltà or l'uso della parola  
      powers of persuasion/imagination      forza di persuasione/immaginazione  
      c      (Pol, authority)   potere    m  , autorità    f inv     
      the power of the Church      l'autorità della Chiesa  
      that is beyond my power(s)      questo è al di là dei miei poteri  
      to have power over sb      aver potere su qn  
      to have sb in one's power      avere qn in proprio potere  
      to be in sb's power      essere in potere di qn  
      to be in power      essere al potere  
      the Tories were in power for 18 years      i conservatori sono stati al potere per diciotto anni  
      to come to power      salire al potere  
      the power behind the throne      l'eminenza grigia  
      the world powers      le grandi potenze  
      the powers that be      le autorità costituite  
      the powers of darkness or evil      le forze del male  
      d      (Math)   potenza  
      7 to the power (of) 3      7 al cubo or alla terza  
      e    fam, a lot of   it did me a power of good      mi ha fatto un bene enorme  
      2       vt   azionare  
      plane powered by 4 jets      aereo azionato da 4 motori a reazione  
      nuclear-powered submarine      sottomarino a propulsione atomica  
      3       adj     (saw, also, Elec, cable)    elettrico (-a)     ,   (supply, consumption)    di energia elettrica


      (注)<電流がないと電圧がない、出てこない>は考えにくい。直観的にはこうだが、電気回路で二つ以上の抵抗による電圧分割(Voltage Divider)というのがあり、これは電流がないと起こらない。


      sptt

      Thursday, October 24, 2019

      傷だらけの人生


      <傷だらけの人生>は俳優兼歌手の鶴田浩二が1970年にヒットさせた歌(演歌か)の題名。私は当時歌謡曲に興味がなかったせいか記憶にない。今ビデオで見る限り、鶴田浩二が歌わないと<サマ>にならないようだ(*)。タイトルは<傷だらけの人生>だが歌詞内容は表面的には<傷だらけの人生>を歌っているわけではない。ただ背景に<傷だらけの人生>を匂わせているのだろう。この歌では<傷だらけの人生>は<失敗続きの人生>、<間違いだらけの人生>ではない。セリフと歌詞は次の通り。

      ”
      作詞:藤田まさと
      作曲:吉田正

      セリフ 「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ
      新しいものを欲しがるもんでございます。
      どこに新しいものがございましょう。
      生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、
      右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。」

      何から何まで 真っ暗闇よ
      すじの通らぬ ことばかり
      右を向いても 左を見ても
      ばかと阿呆の からみあい
      どこに男の 夢がある

      セリフ 「好いた惚れたとけだものごっこが
      まかり通る世の中でございます。
      好いた惚れたは、もともと心が決めるもの…
      こんなことを申し上げる私も
      やっぱり古い人間でござんしょうかね。」

      ひとつの心に 重なる心
      それが恋なら それもよし
      しょせんこの世は 男と女
      意地に裂かれる 恋もあり
      夢に消される 意地もある

      セリフ 「なんだかんだとお説教じみたことを申して参りましたが
      そういう私も日陰育ちのひねくれ者、
      お天道様に背中を向けて歩く…馬鹿な人間でございます。」

      真っ平ご免と 大手を振って
      歩きたいけど 歩けない
      嫌だ嫌です お天道様よ
      日陰育ちの 泣きどころ
      明るすぎます 俺らには

      ”

      1番

      セリフの中で続く歌の歌詞、さらにはこの歌全体に関連のあるのは最後の<今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか>だけ。このセリフのイントロ<古い奴だとお思いでしょうが . . . . .>以下はいわば枕コトバだ。歌詞の部分を見てみる。

      何から何まで 真っ暗闇よ
      すじの通らぬ ことばかり
      右を向いても 左を見ても
      ばかと阿呆の からみあい
      どこに男の 夢がある

      <何から何まで 真っ暗闇よ>が冒頭にあり、その前のセリフの最後<今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか>に呼応してすぐに出てくるのでかなりなインパクトで歌全体にぺシミスチックな印象を与えている。あとから出てくるそのわけを先に出せばそうでもない。

      (とかくこの世は)すじの通らぬ ことばかり
      右を向いても 左を見ても
      ばかと阿呆の からみあい
      何から何まで 真っ暗闇よ
      (どこに男の 夢がある)

      <すじの通らぬ ことばかり>の<すじ>は、別のところでかいたが、やまとことばの中では効果的な言葉で、英語で言えば justice (正義)ではなく righteousness(本源的な正しさ)。

      <ばかと阿呆の からみあい>は<ばかと阿呆の だましあい、ばかしあい>のほうが具体的に世の中を反映していると思うが、<ばかも阿呆>もとくに悪意のあるひとたちではない。<キツネとタヌキのばかしあい>という言い方があるような気がするが、使いふるされているので歌詞としてはよくない。もちろん語呂(音節数)が歌に合わない。<ばかと阿呆の せめぎあい>でもよさそう。ところで<せめぎあい>とは言うが動詞の<せめぐ>はほとんど聞かない。<いがみあい>の<いがむ>もそうだ。

      <右を向いても 左を見ても>が歌の歌詞らしいところで、<右を向いても 左を向いても>でも<右を見ても 左を見ても>ではない。これは中国語の修辞法のひとつで<右を向いて見ても、左を向いて見ても>の意で一種の掛詞(かけことば)だ。

      <どこに男の 夢がある>はやや唐突だ。この歌は特に表立って男をうたったものではない。<どこに人(ひと)の 夢がある>だと字足らずになる。個人を出して<どこにわたしの 夢がある>、複数にして<どこにわれらの 夢がある>だと男でも女でもいいことになるが、どうもダメだ。<どこにおいらの 夢がある>ならいいが、これだとこれまた男に限定されてしまう。ただし3番の最後、つまりはこの歌の最後に<. . . .  おいらには>と男がでてくる。

      <夢も希望もない>というのがはっやたことがある。希望はもじって<夢もチボウもない>というのもあった。この歌の当時かもしれない。一方1957年にヒットしたコロンビア ローズの<東京のバスガール>は対照的で<若い希望も夢もある>というのが冒頭に出てくる。時代背景が大きく変わっているのだ。

      <ばかと阿呆>が純やまとことばではないようだが、大和言葉の歌(演歌)として違和感はない。

      2番

      ひとつの心に 重なる心
      それが恋なら それもよし
      しょせんこの世は 男と女
      意地に裂かれる 恋もあり
      夢に消される 意地もある

      2番の歌詞が一番いい。
      セリフの「好いた惚れたは、もともと心が決めるもの…」とも呼応している。2番 だけならNHKの紅白出場に問題はなかっただろう。<しょせん>が<所詮>で漢語、<意地>も漢語だが、かなりやまとことば化している。<いじ>と<すじ>は離れているが韻を踏んでいる。<所詮>と<意地>以外はすべてやまとことば。いいやまとことばだ。特に出だしの<ひとつの心に 重なる心>がいい。<ひとつの心>の<ひとつ>は三音節だが、やまとこばの不定冠詞といえる。<だれの心>でもいいのだ。

      最後の<夢に消される 意地もある>でまた夢がでてくる。だがこの意味がよくわからない。<男の夢>とすると<傷だらけの人生>に合わない。字ずらからは<夢が意地を消す>となるが、どういう意味か? 文脈からは、この夢は<恋の夢>だろうが、<意地が(恋の)夢の中に消えていく>、<恋は意地より強し>ということか?だがこれでは首尾一貫しないような気がする。

      3番

      真っ平ご免と 大手を振って
      歩きたいけど 歩けない
      嫌だ嫌です お天道様よ
      日陰育ちの 泣きどころ
      明るすぎます 俺らには

      ひとにより好き嫌いもあるが、3番の歌詞は<真っ平ご免>、<大手を振って歩く>など常套句が多い。題名<傷だらけの人生>との関連度合が一番ある。<日陰育ち>も常套句だが、一般には漱石の<坊ちゃん>に出てくる<うらなり(君)>だ。ここはこの歌詞に出てくるような意味だろう。<大手を振って(歩きたいけど) 歩けない>とすると犯罪者、前科者が想像されるが、連想されるのは<やむに已まれず>妻を殺してしまって逃亡し<大手を 歩けない>水滸伝の主人公<宋江>だ。だが宋江と<傷だらけの人生>を歌う鶴田浩二とはかけ離れている。(注:<坊ちゃん>も水滸伝も私の愛読書でこのような連想になる。)


      (*)
      http://kayokyokuplus.blogspot.com/2017/02/koji-tsuruta-kizu-darake-no-jinsei.html

      このサイトでビデオが見られる。鶴田浩二以外に五木ひろし、藤圭子が歌っているが<ら>の発音が巻き舌気味になっていてわたしの耳には聞きづらい。これ演歌の<ら>か?一方鶴田浩二の<ら>はしっとりしていている。それぞれの歌手により全体的な雰意気が大いにちがうが、この<ら>の違いが気になる。
      鶴田浩二は淡々とそして丁寧に歌っている。鶴田浩二その人の存在が中心にあって独特の雰意気を醸し出している。また上に書いたように、歌詞は(意図的にか)首尾一貫していないところがあり、この歌の内容の反社会(権威)性、虚無性、自暴自棄性の度合は聞く(見る)人によるだろう。私には鶴田浩二の存在感と歌いぶりがまず先にくる。いい歌だと思う。

      文法的には<も>の多用がめだつ。

      こんなことを申し上げる私もやっぱり古い人間でござんしょうかね。

      それが恋なら それもよし
      意地に裂かれる 恋もあり
      夢に消される 意地もある

      そういう私も日陰育ちのひねくれ者、

      以上の<も>は<は>または<が>で置き換えできる。置き換えたほうが意味がはっきりするが、はっきりし過ぎるのであえて<も>を使ったのか?


       sptt



      Thursday, October 10, 2019

      くせ、くそ、くさい


      <くせ(ku-se)>も<くそ(ke-so)>もいい言葉ではないがよく使われ必要のようだ。ちなみに<くさ>、<くし>、<くす>はどうか?

      くさ(ku-sa) - 草、くさい(臭い)、くさる(腐る)
      くし(ku-shi)- 櫛、串
      くす(ku-su)- くすぐる、くすねる、くすぶる、くすむ、くすめる、くず(ku-zu)、ぐず(gu-zu)

      どうもいい言葉ではないのが多い。やまとことばのおもしろいところだが、ここでは<くせ>をとりあげて、少し調べてみる。

      <くせになる>という言い方がある。似たような表現に<やみつき>になるがある。<やみつき>は<病み付き>で、一種の<やまい(病気)>だ。英語では addiction というのがある。中国語では中毒。一方<毎朝欠かさずに半時間ほど運動をする>には意思が必要のようで、<いいくせ>があってもよさそうだが、<くせになる>ではないようだ。<くせ>にはこの<xx しようとする>意思は要らないようで、むしろ<くせ>をやめるのに意思が必要のようだ。中国語、漢語では<習慣>というのがあるが、どちらかというと中立だ。英語では habit というのがあり、bad habits が多いようだが、good habits もあり、中立のようだ。

      <毎朝欠かさずに半時間ほど運動をする>習慣がある、は問題ない。また
      <毎日ひと箱ほどタバコを吸う>習慣がある、もそれほどおかしくはないが、中立的で非難口調はない。
      <毎日ひと箱ほどタバコを吸う>くせがある、もおかしくないが非難口調になる。


      <くそ>の方は、本来の意のほかに

      くそばばあ、くそじじい
      くそ暑い
      くそくらえ

      といった悪態語がある。 日本語は<悪態語(ののしりことば)>が少ないのが特長のようだが、この<くそくらえ>は悪くない。

      <くさい>も 悪態語として使われる。

      めんどうくさい(めんどくさい)
      ばばくさい(じじくさい)
      おほくさい(関西方言、標準語は<ばからしい>か)
      <うさんくさい>。だが<うさんな>という言い方はない。



      sptt




      Thursday, September 12, 2019

      <to give up> と<あきらめる>-3 cedere


      しつこいようだがまた<to give up> と<あきらめる>。というのはさらにある発見をしたからだ。イタリア語の動詞に cedere という動詞がある。関連の英語では

      to concede, concession
      to proceed, process, procession
      to succeed, success

      と接頭語がついた <-cede>の語がよく使われている。to concede は<ゆずる>が主な意味だが、<ゆずる>は<あきらめる>に深く関係している。イタリア語の動詞 cedere を調べて見ると多義語だ。

      Collins Italian  <-> English
      " 
      transitive verb
      1. (concedere)
        cedere qc (a qn) to give sth up (to sb) (eredità, diritto) to transfer sth (to sb), make sth over (to sb)
        cedere il posto a qn (in autobus) to give sb one's seat
        le ho ceduto il posto I gave her my seat
        cedere il passo (a qn) to let (sb) pass in front
        cedere il passo a qc (figurative) to give way to sth
        cedere la parola (a qn) to hand over (to sb)
      2. (business, vendere) to sell
        "cedo" or "cedesi" "for sale"
      Intransitive verb
      1. (crollare)
        1. (persona) to give in
        2. (terreno) to give way, subside
        3. (muro) to collapse, fall down
        la sedia a sdraio ha ceduto sotto il suo peso the deckchair collapsed under his weight
        il suo cuore ha ceduto his heart couldn't take the strain
        ha insistito tanto che alla fine ho ceduto she was so insistent that in the end I gave in
      2. (soccombere)
        cedere a to give way to, to surrender to, yield to, give in to
      3. (deformarsi, tessuto, scarpe) to give
      "

      他動詞
      1. (concedere)の初めに出てくる<to give up>は<あきらめる>ではなく<ゆずる>の意に近いが<あきらめる>の意は否定できない。つまりは<ゆずる>と<あきらめる>は関係が深いのだ。

      自動詞
      1. (crollare)は<引き下がる>、<身を引く>。

      (muro) to collapse, fall down

       muro は壁で、<壁がくずれ落ちる>の意。<あきらめる>はこの<落ちる>でもいいが<折れる>がよさそう。<ここはひとつ折れて>で<ここは一歩ゆずって>の意になる。

      2.(scombere) は<xxに屈する>の意で、対象があるが

      英語の説明で to give in の熟語で to give がでてくる。

      3. (deformarsi, tessuto, scarpe) "to give"

      deformarsi (自分自身を)変形する(デフォルメする)だが、自動詞的な意味で<変形する><形が変わる>。
      tessuto  "material" ,"fabric"
      scarpe "shoes"

      これが英語の to give に相当する、ということなのだ。 dictionary.com のgive の解説には簡単だが

      "
      verb (used without object),
      gave, giv·en, giv·ing.

      to make a gift a or gifts; contribute: to give to the United Way.
      to yield somewhat, as to influence or force; compromise: 

      "
      という下線部の意味ありげな意味がある。 つまりは to give だけで to give up の意味があるのだ。これは新発見だ。

      追加

      smettere

      Collins Italian  <-> English

      "
      transitive verb
        1. (gen) to stop
        2. (studi) to give up
        3. (vestiti) to stop wearing
        smettila! stop it!
        smettila di urlare! stop shouting!
      intransitive verb 

       (interrompersi) to stop, cease
      smettere di fare qc to stop doing sth
      quando sono entrato hanno smesso di parlare when I came in they stopped talking
      smettere di fumare to stop o give up smoking

      ”

      <やめる>はこれまた<あきらめる>に深く関係している。<あきらめる>は<(xxすることを)やめる>の意ともいえるが、上記例のようにタバコ、おしゃべりなど<やめる>にもいろいろある。<タバコ、おしゃべり>をあきらめる、とはあまり言わない。だが続けたい<タバコ、おしゃべり>をあきらめる、ならいいだろう。<続けたい>の<たい>(願望)が<あきらめる>に関係しているようだ。言い換えると<タバコ、おしゃべり>を<続けたいのだが><やめる>ということだ。もっと一般的には<xx(し)たいのだが><やめる>、漢語を使えば<願望の停止>ということになる。

      <やめる>は<xxをやめる>で他動詞、自動詞は<やむ>(<やまる>ともいうか)。雨がやむ、(雨がやまる)。

      英文法で

      to stop to talk 
      to stop talking 

      の違いを学んだ記憶があるが、イタリア語との比較では

      to stop to talk

      to stop は自動詞だが、イタリア語の再帰動詞風には<(自分の身を)止める>の意になる。

      to stop talking 

      to stop は目的語 talking (動名詞)をとるので他動詞だが、イタリア語では自動詞 smettere +di +不定詞(英語の原形)となっている。

      sptt

      Friday, July 12, 2019

      植物(学)用語のやまとことば - はなぶさ


      前回のポスト<蓼食う虫も好き好き>に関連して植物(学)用語の花序のやまとことばについて調べてみた。

      花序は<かじょ>と読み、耳で聞いただけでは何のことだかわからない。関連語と思われるやまとととばの<はなぶさ>をネットで調べてみると

      ”
      大辞林 第三版の解説

      はなぶさ【花房・英】

      ① 花が房状に群がり咲いているもの。また、その花。
      ② 花の萼がく。 〔和名抄〕


      はな‐ぶさ【花房・英】

      〘名〙
      ① 植物の萼(がく)。
      ※書紀(720)皇極三年六月(岩崎本訓)「劔の池の蓮の中に一の茎に二の萼(ハナフサ)ある者有り」
      ② ふさのようになって咲く花。また、単に花。《季・春》
      ※枕(10C終)八八「色あひふかく、花ぶさ長く咲きたる藤の花の」
      ③ 植物「すずしろそう(蘿蔔草)」の異名。

      ”

      となっている。昔は萼(がく)のことであったこともあるようだが(注)、今日では<はなぶさ>は

      ① 花が房状に群がり咲いているもの。また、その花。  
      (<房状>は<ふさ状>と読みまたその意味だろう。)
      -----
      ② ふさのようになって咲く花。また、単に花。《季・春》
      ※枕(10C終)八八「色あひふかく、花ぶさ長く咲きたる藤の花の」

      の意が普通だろう。つまりは<はなのふさ>というよりは<ふさ (のように) なっている花>ということだろう。<ふさ>は漢字では<房>に字があてられているが、少し調べた限りでは<房>は<部屋>の意味で<ふさ>の意味がない。一方<総>は多義語だが<ふさ>の意味があるようだ。さてこの<はなぶさ>だが、植物(学)用語では広い意味で花序になる。逆に<はなぶさ>は花序のやまとことば候補だ。一方<花序>をこれまたネットで調べて見ると、多くは図が出てくる、簡単なのもあればやや詳しいのもある。やや詳しいのをコピー(ペイスト)すると、

      http://suzuka.la.coocan.jp/flowerphoto/kajo.JPG

      花序 総状、穂状、散房、(散形)複散形、単2出集散、複2出集散、円錐、肉穂、
      頭状、かま形、扇形、巻散、互散

      ”

      以上は総状花序、穂状花序、散房花序、散形花序、 集散花序、. . . .

      となる。いずれにしても漢字の羅列で、<かま形(がた)>を除くと、耳で聞いただけでは何のことだかわからない。扇形も<おうぎがた花序>ならいいが<せんけいかじょ>だと何のことだかわからない。

      もう一つ

      ”
      https://yumesaibito.at.webry.info/200703/article_84.html

      植物 樹木 ■花のつき方:花序


      画像

      ”

      花のつき方:花序

      複数の花が集まってまとまりのある形をつくっているとき、その配列様式を花序という。


      という簡潔な解説があり、<花序:花のつき方>、つまりは花序のやまとことばは<花のつき方>なのだ。だがこの<花のつき方>の図もやはり漢字の羅列だ。つまり総状花序、集散花序、穂状花序、散房花序、散形花序、. . . . だ。総を<ふさ>、穂を ( 穂状は<すいじょう>と読むようだが<水上>がまず頭に浮かんでだろう) を<すい>ではなく<ほ>と読めば何とかなりそうだが、集散花序、散房花序、散形花序は<しゅうさんかじょ>、<さんぼうかじょ>、<さんけいかじょ>は耳で聞いてはもちろん読んでも何のことだかわからない。集散は<集まって散る>だが上記の集散花序の図に見られる配列はどう見れば<集まって散る>になるのか。何のことだかわからない名前の原因は<漢字制限>にあるようだ。上記の花序の名前は中国由来のようで、中国の花序名を調べて見ると

      http://tc.wangchao.net.cn/baike/detail_61788.html


      無限花序

      図はなぜか簡体字になっているが、解説は繁体字だ。ふつうは二次元図だが、この図は三次元のイラストで立体的だ。傘房花序や傘形花序や頭狀花序は三次元イラストのほうが誤解をまねかない。

      。

      簡單花序

      1、總狀花序(raceme)
        花軸單一,較長,自下而上依次著生有柄的花朵,各花的花柄大致長短相等,開花順序由下而上,如紫藤、荠菜、油菜的花序。

      2、穗狀花序(spike)
        花軸特別肥大,凹陷呈囊狀,僅在上端有1小孔與外界相通,很多無柄小花著生在凹陷的腔壁上,小花單性,雄花分布在內壁的上部,雌花分布在內壁的下部,從外面看,所有的花幾乎隱沒不見,故得名,如無花果的花序。如禾本科、莎草科、苋科和蓼種中許多植物都具有穗狀花序。

      3、柔荑花序(catkin)
        花軸較軟,其上著生多數無柄或具短柄的單性花(雄花或雌花),花無花被或有花被,花序柔韌,下垂或直立,開花後常整個花序一起脫落。如楊、柳的花序;栎、榛等的雄花序。

      4、傘房花序(corymb)
        或稱平頂總狀花序,是變形的總狀花序,不同于總狀花序之處在于花序上各花花柄的長短不一,下部花花柄最長,愈近花軸上部的花花柄愈短,結果使得整個花序上的花幾乎排列在一個平面上。花有梗,排列在花序軸的近頂部,下邊的花梗較長,向上漸短,花位于一近似平面上,如麻葉繡球、山楂等。如幾個傘房花序排列在花序總軸的近頂部者稱複傘房花序,如繡線菊。一種變形的總狀花序。開花順序由外向裏。如梨、蘋果、櫻花等的花序。
        
      5、頭狀花序(capitulum)
        花軸極度縮短而膨大,扁形,鋪展,各苞片葉常集成總苞,花無梗,多數花集生于一花托上,形成狀如頭的花序。如菊、蒲公英、向日葵等。

      6、隱頭花序(hypanthodium)
        花序軸特別膨大而內陷成中空頭狀,許多無柄小花隱生于凹陷空腔的腔壁上,幾乎全部隱沒不見,整個花序僅留頂端一小孔與外方相通,爲昆蟲進出腔內傳布花粉的通道。小花多單性,雄花分布內壁上部,雌花分布在下部,如無花果、薜荔等。

      7、傘形花序(umbel)
        花軸縮短,大多數花著生在花軸的頂端。每朵花有近于等長的花柄,從一個花序梗頂部伸出多個花梗近等長的花,整個花序形如傘,稱傘形花序。每一小花梗稱爲傘梗。如報春、點地梅、人參、五加、常春藤等。

      8、肉穗花序(spadix)
        基本結構和穗狀花序相同,所不同的是花軸粗短,肥厚而肉質化,上生多數單性無柄的小花,如玉米、香蒲的雌花序、有的肉穗花序外面還包有一片大型苞葉,稱佛焰苞(spathe),因而這類花序又稱佛焰花序,如半夏、天南星、芋等。
        以上所列各種花序的花軸都不分枝,所以是簡單花序。另有一些無限花序的花軸具分枝,每一分枝上又呈現上述的一種花序,這類花序稱複合花序。常見的有一下幾種:

      複合花序

      1、圓椎花序(panicle)
        又稱複總狀花序。長花軸上分生許多小枝,每個分枝又自成一總狀花序,如南天竺、稻、燕麥、絲蘭等。
        2、複傘形花序(compound umbel)
        花軸頂端叢生若幹長短相等的分枝,各分枝又成爲一個傘形花序,一分枝又自成一傘房花序,如胡蘿蔔、前胡、小茴香等。
        3、複傘房花序(compound corymb)
        花序軸的分枝成傘房狀排列,每一分枝又自成一傘房花序,如花楸屬。
        4、複穗狀花序(compound spike)
        花序軸有1或2次穗狀分枝,每一分枝自成一穗狀花序,也即小穗,如小麥、馬唐等。
        5、複頭狀花序(compound capitulum)
        單頭狀花序上具分枝,各分枝又自成一頭狀花序,如合頭菊。

      (もっと詳しく知りたければ https://slidesplayer.com/slide/11304517/)


      集散花序、散房花序、散形花序は元来(多分)中国では

      集散花序 -> 衆傘花序、衆撒花序 (撒=傘) (これは上の中国語版にはない)

      (集散花序 [cyme] 。もっと詳しく知りたければ https://ww1.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/kajo_junjo.html)

      散房花序 -> 傘房花序

      散形花序 -> 傘形花序

      集は衆でともに<集まり>の意があるが、散に傘の意味はない。傘の意味があるのは<撒>でこれが繁体字では出てくる。

      總狀花序(raceme)  - racemus
      穗狀花序(spike) - spike
      傘房花序(corymb) - corymbus
      傘形花序(umbel)  - umbel (umbrella の関連語)
      圓椎花序(panicle) - panicle

      中国名は英語(西洋語)の影響を受けていると考えられる。ちなみに

      racemus (ラテン語) racēmus m (genitive racēmi); second declension cluster or bunch of grapes, berries or similar fruits quotations
      spike -  とげ
      corymbus (ラテン語)corymbus m (genitive corymbī); second declension

      cluster of fruit or flowers
      umbel - umbrella
      panicle (英語)-  Borrowed from Latin pānicula, diminutive of pānus (“ear of millet, literally 'thread wound on a bobbin'”), from Ancient Greek πῆνος (pênos, “web”), πηνίον (pēníon, “bobbin”).
      panicle (plural panicles) (botany) A compound raceme. 
      Hyponyms tassel (ふさ(飾り))

      しつこいようだがまだ続く。<はなぶさ>は響きのいいやまとことばだが、花序のやまとことばとしては<はなぶさ>よりも<花の付き方>の方がいい。

      花の付き方; 複数の花が集まってまとまりのある形をつくっているとき、その配列様式(並び方の姿)を花序という。

      でいいと思うが<序>は<序列(配列)>以外に<順序>の<序>の意がある。英語では<花の付き方>に相当する学術用語 inflorescence というのがある。florescence だと<花の(集まりの)配列)>だが、あたまに in がついたinflorescence と時間的に見た花の咲き方、咲く順序だろうから漢語だが<花序>がふさわしい。一方やまとことばの<花の付き方>は配列(の様式)のみならず時間の差による花の付き方を含む<花の付き方>とも言えるので一般的だ。


      集散花序 [cyme]  は上に述べたように上に中国語版にはない。下記の英語版の資料のよれば、

      集散花序 [cyme] は傘房花序 (corymb) に似ているが、花の付き方の時間的順序が違うようだ。

      https://www2.palomar.edu/users/warmstrong/terminf1.htm


      3. Inflorescence Types






      具体的な<花の付き方>のやまとことば候補

      總狀花序 (raceme)  - racemus 子総(こふさ)形
      穗狀花序 (spike) - spike    稲穂(いなほ)形  上の中国語の解説に ”禾本科、莎草科、苋科和蓼種中許多植物都具有穗狀花序” というのがある。<禾本科>は<イネ科>。
      傘房花序 (corymb) - corymbus   これは難しい。傘房が何だかわかないのだ。図は二次元だが実際は三次元で、<じょうご>のような形だ。また頭(上部)が平らに近い<子総(こふさ)形>だ。<じょうご>は純やまとことばではなさそうだが<じょうご形>としておく。
      傘形花序 (umbel)  - umbel (umbrella の関連語) -  傘(かさ)形
      圓椎花序 (panicle) - panicle -大総(おおふさ)形

      集散花序 [cyme] <じょうご形>だが、傘房花序 (corymb) との区別が必要だ。


      (注)

      萼(がく)は北京語では<è>(曖昧母音の<エ>)だが広東語では<ngok>でこれは<ゴク>に近い、さらには<ガク>に近い。したがって、ほぼ間違いなく、萼(がく)は漢語由来でやまとことばではない。<萼(がく)は>の意の<はなぶさ>は漢語の<がく(萼)に>に取って代わられ、意味が<はなぶさ>に移っていったのだろう。

      似かよった字の<鰐(わに)>も

      と発音する。

      この<はなぶさ>の意味の移転はおもしろい。萼(がく)の意味での<はなぶさ>の<ふさ>は<ふさぐ>に関連があるのではないか? 昔 (いにしえ) の人々の自然の観察力は、テレビやスマホに目も頭も奪われていてはこの自然の観察力は育たない。萼(がく)は大体葉お同じ緑色で花のもと(下、元、基)で花を<ふさぐ>ように支えている。<花ざさえ>ともいえる。



      sptt







      蓼(たで)食う虫も好き好き


      <蓼(たで)食う虫も好き好き>はよく聞くし私も使ったことがある。意味は間違いないと思うが

      一般には好きになれないヒト、モノを好く人がいる。好みはさまざまで、人によりけり。

      といった意味だろう。

      物理的な世界は物理や化学の法則で成り立っていると思うが、<好み>は人の世(社会)を作り上げる重要な要因でバカににできない。

      さて<蓼食う虫も好き好き>の<好き好き>は<すきずき>と読む、というか実際の発話は<すきずき>で<すきすき>ではない。<好き好き(すきすき)>だと<たいへん好き>になるだろう。<すきずき>の意味は<好ききらい>あるいは<好き、好きでない(好きじゃない)>だろうが、この意味では<好き好かず>のはずだが、なぜか<すきずき>。<すきずき>の<ず>には否定の意味がふくまれているのか?

      ところで、 <蓼食う虫も好き好き>を口にする人のうち実際に蓼(たで)を食べた人は幾人いるだろうか? 漢字の蓼は中国語では<寂寥(せきりょう)>の寥(りょう)と同じよみ<りょう>で<たで>とはまったく関係がない。<たで>は生粋のやまとことばだ。<田(た)に出(で)てくる(草)>が語源か?


      sptt

      Monday, April 29, 2019

      愛(情)と友情のやまとことば

      L'amore e l'amicizia sbocciano dove le persone sono oneste.

      はイタリア語のアフォリズムだが、日本語に訳すと

      愛と友情は正直者に芽生(ば)え、花開く。

      英語では
      Love and friendship grow (exist) where people are honest.

      といったところか。 sbocciano は sbocciare は<開く>という(原形)動詞(の三人称複数現在形)だが (un) boccio は<花のつぼみ>のことなので sbocciare は<開く>とは言っても<芽が吹き(花が咲く)>の意味がある。<正直>は漢語なので言いかえて

      愛と友情はいつわりなき者に芽生え、花開く。 

      これだと単なるステートメントの感じでインパクトがないので

      まとことの愛と友情はいつわりなき者に芽生え、花開く。 

      としておく。少しくだけて

      まとことの愛と友情にゴマカシの入(はい)る場はない。(<余地はない>がいいが<余地>は漢語だ)

      こうすると後半はやまとことばとなっていいが、前半の<愛>、<友情>は漢語だ。

      <愛>と<友情>のやまとことばは何か?<友情>はくだけて<友達づきあい>とすると

      まことの愛と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。(<つきあい>を考慮して<に>を<の間に>変えてある。)

      愛は恋(こい)というやまとことばがあるので、これを使うと

      まことの恋(こい)と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。

      となるが、アフォリズムの訳語としてはまだかなりのイマイチ。また<恋と友達づきあい>はゴロが悪い。いったい<愛>と<恋>は違うようだ。<愛し合う>とは言うが<恋しあう>とはあまり言わない。これからすると<恋>はどうも個人的で一方的な感情、そして多くは<片思い>のようだ。人類愛、隣人愛、世界愛とはいえるが人類恋、隣人恋、世界恋は聞かない。<愛>と<恋>は違うのだ。友情、<友達づきあい>に関連させると<恋愛(れんあい)>あるいは<恋愛関係>がよさそうで

      恋愛(関係)と友達づきあいはいつわりなき者の間に芽生え、花開く。

      となり、よさそうだが恋愛(関係)は残念ながら漢語だ。いろいろ考えたがいいやまとことばが出てこない。

      (中断)

      さらにいろいろ考えた。恋愛関係は<恋人同士の関係>ともいえるが、<同士>は漢語だ。そこで思い切って<恋人たち>とする。そうすると<友達づきあい>は<友だち>でいい。<関係>は文字ずらからはなくなるので<者の間>はおかしくなる。そうすると

      まことの恋人たちと友だちにはウソやゴマカシの入(はい)る場はない。

      となる。まだまだイマイチだが、すこしアフォリズムらしくなり、そしてすべてやまとことばになる。

      -----

      よく、または少し考えると 日本語では(日本人は)<愛>と<恋(こい)>は無意識的に使い分けている。しかし、基本的には、英語国民は love、イタリア語国民は amore、中国語国民は<愛>の一語で<愛>と<恋(こい)>に対応させていることになる。


      sptt






      <愛と友情>のやまとことばは何か?