Friday, September 11, 2020

悪い、わるxxx

 

<わる>は形容詞<悪い>由来だが<悪いxxx>と形容詞語尾<い>のない<わるxxx>では意味が少しちがってくる。<悪いxxx>平板だが、<わるxxx>は

わるあがき
わるガキ(餓鬼)
わるだくみ
わる知恵(ぢえ)
わるびれ(る) (ネット辞書によると<ひれる>は<怯(おび)える>)
わるもの
わる酔い

性悪(しょうわる)

<わる>だけでも使われる。<悪い人>のことだが<ののしり言葉>的に使われる。

あのわるめ!

<わるさ>は<わる>の程度ではなく<わるさをする>で<わるいことをする>の意だ。

 

漢語は悪(あく)。<あく>はやまとことばの発音になっているが漢語由来だ。かなりこなれていて<やまとことば>との混乱もある。

あくたれ <たれ>は<だれ(誰)>で人のことだろう。<くそったれ(くそを垂れる>からすると<悪を垂れる人>になる。<バカたれ>の<たれ>も人のことで<ばかを垂れる>と理解しにくいが、まったくダメというわけではなさそう。

悪行(あくぎょう)
悪政
悪性
悪玉 (あくだま、重箱読み)
悪どい -ネット辞書では下記の説明がある。


「あくどい」の通俗的な表記。 もともとは「アクが強い」すなわち「灰汁どい」を語源に持つとされるため、一般的に「悪どい」の表記は誤記とされる。 やり方が卑劣であったり非常識な手口であったりして、たちの悪いさまなどを意味する表現。 (「悪どい」の意味や使い方 Weblio辞書 www.weblio.jp )

「灰汁」は<あく>と読む。<灰汁抜き>で<悪抜き>ではない。
<たちの悪い、たちが悪い>は<性悪(わる)>(重箱読み)の純やまとことば表現だ。

悪党(あくとう、これは歴史的に意味が変遷している)

悪徳(商人) <悪徳>は<悪い徳>ではない。元来<徳>はいいもので<悪い徳>はない、ではどう解釈したらいいのか? これは<徳のない悪い>の意だ。そして<悪>は<悪い>意外に場合によっては<悪いこと、悪さの強調>の働きがある。したがってこれは<徳のないたいへん悪い(商人>というこになる。

悪人
悪魔

悪辣(あくらつ) 字ずらは<悪い、辛(から)い>の意味だが、<悪>も<辣>表面的な意味以外に強調の働きがあるようだ。<辛(辣、から)い>はここでは比喩的な意味だが、<辣>だけでは<悪>の意味はない、薄い。辣:辛辣(しんらつ)、辣韭(ラッキョウ)。

<あくなき>は<飽くなき>

<悪(あく)>の混乱は<悪(あ)し(き)>というやまとことばも関係しているか。

 

sptt

Wednesday, September 9, 2020

<ののしり言葉>、あくたいをつく、<このくそったれ>

 

前回のポスト<わずらわしさ、めんどう>で<ののしり言葉>として<くそ>をとりあげたが、日本語の<ののしり言葉>を調べてみる。元来日本語には<ののしり言葉>がきわめて少ないといわれている。たしかにそのようだ。これにはいろいろ理由があると思うが、<需要と供給の関係>からするとこれは<ののしり言葉>の需要が少ないから、ということになる。これは悪いことではない。

<あくたいをつく>という言い方があるが<あくたい>は悪態、<つく>は<する>というよりは<言う>、<口に出す>だろう。 <悪態のかぎりをつくす>という表現があるが、これも<態>の字はあるが、これも<悪いことを言う、口に出す>の意だろう。簡易なネット辞典では類語、関連語を示しているが

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%82%AA%E6%85%8B/

 

類語では誹謗、関連語の方は漢語が並んでいる。<あくたいをつく>に近いのは関連語の現代日本語ではほとんど使われない<雑言(をはく)>、<罵詈する><罵詈雑言(を言う、はく)>。隣りの中国では<ののしり、そしり言葉>が多そう。別のブログ<封神演義 (ほうしんえんぎ)>の ” <そしり言葉>と<ほめ言葉> ‐1(そしり言葉)” で相当数の四字成語<そしり言葉>を抜き出し検討している。<ののしり>と<そしり>は違うが、<そしり>が理性を失うと<ののしり>になるか?

悪態は和製漢語のようで、現代の中国語(恶态, etai)をネットで調べても出てこない。悪態は文字通りでは<悪い態度>になるが、<あくたいをつく>はこれでは説明がつかない。上記の類語のうち悪口(わるくち)、陰口(かげぐち)は<あくたい(をつく)>とはかなり違う。

 さて、やまとことばの<ののしり言葉>だが、前回のポストでは

 <ののしり言葉>の少ないのが日本語の特徴だが、

くそいまいましい、くそにくらしい、くそ暑い (くそくらえ)

 の<くそ>は<ののしり言葉>だが、かわいいものだ。 

と書いたが もう少し調べみた。実際調べて見ると<くそ xx>、<xx くそ>はかなりあるある。


くそいそがしい
くそ度胸(どきょう)
くそガキ(餓鬼)、くそじじい、くそばばあ
くそったれ
くそ力(ぢから)
くそ度胸
クソ坊主
くそまじめ

なにくそ (これは<ののしり言葉>からずれている)
へくそ (ヘクソカズラ)
へたくそ
ぼろくそ
みそくそ
めくそ、はなくそ (<めくそ、はなくそのように扱う>という言い方はありそう)

上記のうちでは<くそったれ>(<-糞を垂れる>が句になっている。(注1)そしてこれはやまとことばの<ののしり言葉>の代表だろう。

<へ(屁)>関連では

へっぴり腰

というのがあるが、これも<へっぴり>(<-屁をひる)で句になった表現だ。<このくっそたれ>があるので<このへっぴり>は第二のやまとことば<ののしり言葉>の代表になりそうだが、残念ながらこれは聞いたことがない。ついでに<へ(屁)>関連の表現をしらべてみる。

 へくそ (ヘクソカズラ) - <へくそ>だけでは使われないようだ。ちなみに、ヘクソカズラは、私の見た、嗅いだかぎりでは、地上をはう(這う)つる(蔓)性の雑草で、花だか、葉だか、茎だかをもみつぶすと<くそ>というよりは<へ>のような臭(にお)いがする。花は小さく、可憐(かれん)な花だ。したがってこの<へくそ>の<くそ>は<xx くそ>の類だろう。

へりくつ(屁理屈)

へのかっぱ
へとも思わない

 この二つは関連がある。似たような表現に

平気の平左(へいざ) - 韻を踏んでいる
へちまの皮 (とも思わない) - これは聞いたことがない。
キュウリのへた - ありそうなので、ネットで調べたがこの意味ではでてこない。だが<キュウリのへたとも思わない>で類推がはたらく。(注2)

いずれも<へ>の字が出てくるが偶然の一致ではないだろう。<へ>の字がつく言葉には

へこむ
へしあう(押し合い、へし合い)
へしおる
へたばる
へたる
へる(減る)

へぼ - へぼ将棋、へぼ医者、へぼ画家
へま

へそ - へそで茶をわかす

があり、<ののしり>ではないが、大体よくない意味だ。 これまた偶然の一致ではないだろう。ではなにかと言うと、これは<へ>という音に関連しているのだろう。

<え>列の音は

え、け、せ、て、ね、へ、め、(イェ)、れ 

げ、ぜ、で、べ、

だ。濁音の<げ、ぜ、で、べ>はだいたいよくない意味の語が多いと思われるが、これは濁音一般に言えることだ。もう少し調べてみる必要がある。


音に関していえば<ののしり言葉>では<くそ>もそうだが、<か>行と<さ>行の組み合わせが多いようだ。<くそ>以外にも

かす - みそっかす
くさ、ぐさ - ものぐさ、関西では<あほくさ>というのがある。
くず -人間のくず、ぼろくず
ぐず
くせ

こそドロ

腐(くさ)る
くすねる


これまたもう少し調べてみる必要がある。忘れていたが以前のポストで<くせ、くそ、くさい>というのがあった。その他の<のにしり言葉>では

このやろう
ばかやろう
この(ど)スケベやろう

<やろう>は野郎でこれは<夜郎自大>という中国の四字成語の<夜郎>まったく関係なく、<やろう(野郎)>は和製漢語か?<ばかやろう>は関東方言と思われるが(関西では<(ど)あほ(う)>が使われる)、かなりの高頻度使用語だ。野郎は男専用だ。

おろかもの
けだもの
なまけもの
(この)バカもの  (時代劇からは、昔は<このしれ者>といっていたようだ>
(この)まぬけ(もの)

<もの>は<者>でこれもだいたい男向けのようだ。同じく男向けでは<やつ(奴>があるが

おろかなやつ
バカなやつ
まぬけなやつ

で叙述的になり<ののしり言葉>にならない。 

女性向けでは<あま>がある。

あのあま(あ)、あのあまめ!

語源のよくわからない<あばずれ>はかなりの女性向け<ののしり言葉>だ。

 

わる(悪い)

<わる>は形容詞<悪い>由来だが<悪いxxx>とすると<ののしり言葉>にならないが<わるxxx>で<ののしり言葉>になるのがある。

このわる、あのわる
わるがき(餓鬼)
性(しょう)わる (重箱よみ)

 

さて、<くそったれ>は実際には往々にして

このくそったれ !
このくそったれめ !

のように使われる。上で

このやろう
このバカもの (関西では<この(ど)あほう>か)
(この)まぬけ(もの) 

も例にあげた。この<この>はなんだろう?

<この>は<こそあど言葉>の一つで

これ、それ、あれ、どれ
この、その、あの、どの

このくそったれ
あのくそったれ

は<ののしりことば>にるが

そのくそったれ、どのくそったれ

は基本的にダメだ。<ののしり>ではなく平板な叙述ならいいがほとんど使いそうもない。<このくそったれ>は直接相手に対する<ののしり言葉>。<あのくそったれ>は間接的だがやはり<ののしり言葉>だ。<こそあど言葉>は指示語(<これ、それ、あれ、どれ>は指示代名詞、<この、その、あの、どの>は指示形容詞か? だが直接相手に対していう<このくそったれ>の<この>は特に相手を指示しているわけではない。この<この>は<ののしり>の一部のようでもある。

この<この>とコンビでよく使われるもは最後に付け加える<め>だ。この<め>は語尾ではない。間投詞の類だろうが、あたまの<この>とコンビ、正確には<この xxxx め>のはさみ込みでよく使われるので、修辞(句)の一部ともいえる。上では

このくそったれめ !
あのあまめ!

しかあげていないが、一般的に使えるので文法法則といえる。

このバカものめ!
あのへぼ医者め!

だ。さらにこのはさみ込み<ののしり>修辞<この xxxx め>は<xxxx>の部分が<ののしり言葉>でなくても<ののしり言葉(句)>になる。

あの佐藤め!

動物名

このサルめ!
あのタヌキめ!
あのキツネめ! 

はいずれも比喩的な言い方だが<ののしり言葉>だ。

まだ使われていないと思われるものを作ってみた。


あのハエめ!(なにかとうるさい人)
あのカタツムリめ!(なにかとやることがのろい人)
あのカマキリめ!(頭が小さく、三角っぽい人、おそろしそうだがたいしたことのない人)
あのミミズめ!(めったに地上にでこない、よくわからない人)
あのモグラめ!(地下で動き回る人)

このカブトムシ野郎!(かぶとを脱げないがんこモノ)
このナメクジ野郎! (ぬるぬるしてとらえどころのない人)
このスズメ野郎! (しょっちゅう餌(えさ)をあっさている人。近寄ってくるが逃げ足の速いひと)
このカラス野郎! (そうですか?、だめですか?と、とかく<か?>の多い人。香港では日本人のことを<カーツァイ(Ka-仔)>と言う。


(注1)

<あくたれ>の<悪を垂れる>ではなく、<あくたれ>の <たれ>は<だれ(誰)>で人のことだ。これからすると<くそったれ>は<くそ人>になる。 ” くそったれ>、<-糞を垂れる> ” は手もとの辞書(三省堂)の解説。<くそ>は垂れるが<ひる>もの、<ひって出す>ものだ。<くそを垂れる>はややおかしい。<たれる>は自動詞、他動詞兼用。<たらす>という他動詞がある。だが<たれる>は<垂れる>だけではない。<たれ流す>は<垂れ流す>ではないだろう。<たれ流す>は

無遠慮に(あたりかまわずに)流す

の意に近い。

あくたいをたれる
不平をたれる <不平をたらす>ともいうか。

の<たれる>は<あくたい><不平>を無遠慮に(あたりかまわずに)出す

の意に近い。

一方<このばかたれ>の<たれ>は<だれ>(人)のことだろうが、これまた<バカさ>を<無遠慮に(あたりかまわずに)出す>人も不可能のでない。

 

(注2)

野菜では<なす>も犠牲になっている。

おたんこなす
ぼけなす

その他では

蓮っ葉(はすっぱ)

昔は<とうなす(唐茄子)>が<けなし言葉>だったように思う。子供のころ<このとうなす>というのを聞いた記憶がある。<なす>か当時まだ知らなかったが聞いたことのある<トウガン>のことかと思っていたが調べてみると<とうなす(唐茄子)>はカボチャのこと。そういえばこれまた子供のころ<とうなすカボチャ>というのも聞いた記憶がある。これを調べているうちに<唐茄子屋政談>という落語あるのがわかった。長いがおもしろい落語みたいな話だ。<このカボチャ野郎>でもよさそう。

(追加予定)

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その他

ろくでなし
あばずれ

(追加予定) 

 

sptt

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

Monday, September 7, 2020

わずらわしさ、めんどう

 

前回のポスト<いやし、なごみ、おだやか>に続いて、反対語と思われる<わずらわしさ>について考えてみる。 

<わずらわしさ>も使われるが、形容詞の<わずらわしい>の方がよく聞く。動詞の<わずらう>から派生したものだろう。<わずらう>には<わずらい>という体言(名詞)形があり、いずれも<病気になる><病気>ほどではないがよく聞く。古いが<恋わずらい>という言い方がある。恋愛病よりはいい。<わずらわしさ>、<わずらわしい>は病気とは直接関係がなくなっている。

並べて示すと

わずらう - わずらい - わずらわしい 

その他では

いたむ - いたみ - いたましい

なやむ - なやみ  - なやましい 

も似たような関係だ。形容詞の意味が派生的になり、ズレがある。

<いたむ>は<(胃が)痛む>以外に<屋根が(椅子が、机が)いたんできた>、<屋根のいたみがひどい>といった言い方がある。

さらには

なげく - なげき - なげかわしい 

<なげかわしい>は少しだけ派生的になっているようだ。

くるしむ - くるしみ - くるしい (くるしましい>はない)

かなしむ - かなしみ - かなしい (<かなしましい>はない)

おしむ - おしみ(出しおしみ、負けおしみ) - おしい (<おしましい>はない)

<くるしい>、<かなしい>、<おしい>は派生的な意味になっていない。これらはむしろ形容詞から動詞、そして動詞から名詞(体言)-動詞連用形の名詞(体言)用法-が派生していったのだろう。古語は<くるし>、<かなし>、<おし>だ。


めんどう(面倒)

話がそれてきているので<わずらわしさ>にもどる。 <わずらわしさ>以上に使われるのはやまとことばではなく<面倒(めんどう)>。<めんどうをかける>という言い方もある。また <わずらわしい>以上に使われるのは<めんどうな>、<めんどうくさい>、<めんどくさい>だろう。この<くさい>は

うさんくさい
うそくさい

の<らしい>の意ではなく、いやなこと<めんどう>を<ののしる>言葉だろう。 <ののしり言葉>の少ないのが日本語の特徴だが、

くそいまいましい、くそにくらしい、くそ暑い、くそくらえ

の<くそ>は<ののしり言葉>だが、かわいいものだ。 

<ののしり言葉>ほどではないが、<くるしい(苦しい)>というのがある。

息(いき)苦ぐる)しい

は元の意味をのこしているが

あつくるしい
むさくるしい

の<くるしい>は<くるしさ>よりは不快感を示しているといえる。

話がまたそれだしているが<めんどう>にもどると、<やまとことばではなく>と書いたが、めんどう(面倒)の語源、由来を調べてみると、<面倒>は漢字の当て字で<めんどう>はもともとはやまとことばのようだ。ただし語源不詳。<めんどうをかける>、<めんどうをみる>という言い方もある。たしかに中国語で<面倒>は聞かない。<わずらわしい(形容詞>、<わずらわしさ(名詞>に相当する現代中国語はほぼ間違いなく<麻烦(煩)>だ。<麻煩>超高頻度使用語で、これを使わない人はまずいないし、使わない日はまずない。

前回のポストに関連させると<おだやか>な状態を乱すのが<わずらわしさ>、<麻煩>だ。<わずらわしさ>、<麻煩>があると<おだやか>な心はもちろん、平静な、さらのは普通の状態の心も乱(みだ)される。 

日本人も中国人も<わずらわしさ>や<麻煩>は他人が自分にもたらすものと考える。やや宗教的になるが

許せよ、さらば救われん。
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。

という逆説的な言葉がある。いろいろ解釈はできるが、

<わずらわしさ>や<麻煩>への対応策としては<気にしない>、<気にかけない>のがいい。だが何もしないのはよくなく、<気にしない>、<気にかけない>で対応するのがいい。

 

sptt

Sunday, September 6, 2020

いやし、なごみ、おだやか

 

最近は<いやし、癒し>というにがはやっているようだが、似たようなやまとことばに<なごみ>、<おだやか>がある。

<いやし>は<いやす>とう動詞の連用形体言(名詞)。<なごみ>も<なごむ>とう動詞の連用形体言。一方<おだやか>は形容動詞で

おだやかでない(ある)
おだやかに
おだやかだ
おだやかな
おだやかなら

という活用をする。 

<なごみ>、<なごむ>は<なごやか>という形容動詞形がある。

<いやし>、<いやす>はなにか強制的なところがある。また人が強く関係している。<いやす>は他動詞で<いやす>モノ、コトがあって人は<いやされる>のだ。

<なごみ>、<なごむ>、<なごやか>は強制的なところは薄く、<もっとなごやかにしろ>はなにかちぐはぐだ。これも人というか人間関係が絡んでくる。<ひとりなごなかにしている、xxする、>はこれまたちぐはぐだ。<なごむ>は<心がなごむ>で自動詞。自動詞は元来強制的なところは薄い。

いっぽう<おだやか>は<おだやかな人柄>のように人にも関連するが、<おだやかな天気、日(ひ)より> のように人から離れて自然の状態、状況も表現する。<おだやか>も強制的なところはすくないが<もとおだやかに話したらどうだ>という言い方はある。

<いやし>は<いやす>はもともと<キズをいやす>のような医療、治療で使われていたようようだが、近年の精神的やまいの治療に及んだものだろう。

<なごみ>、<なごむ>、<なごやか>もいいやまとこばだが、最近<おだやか>は哲学、美学に及ぶ奥深いことばであることを発見した。 

英語に serene beauty という表現がある。この表現の適当な日本語訳がみつからなかったのでいろいろ探してみた。いろいろさがした結果は<おだやか>が serene に近い、さらには<おだやか>にはそれ以上に奥深いのだ。個人的な見方、意見でもあるが、数ある花の中でも serene beauty を見せるのはだんとつにハスの花だ。ハスの花を見ていると心が<洗われれ>、<おだやか>な気持ちになるのだ。中国ではハスの花は<泥から出てきて汚れなき(美しさを見せる)>花として鑑賞される。

出於淤泥而不染,花中之君子也 (例)

英語 serene には

calm(冷静な、落ち着いた、おだやかな)
peaceful(平和な、なごやかな)
untroubled(問題なき)
tranquil(静かな)

と簡単な辞書では説明しているが。<清(きよ)い>、<聖なる>の意味もある。serene を深く掘り下げているいるのはイタリア文化で、イタリア語版Wikiの ”serenità” に長い解説がある。

https://it.wikipedia.org/wiki/Serenit%C3%A0)。

イタリア語は英語で大体推測がつくので、ひまと興味がある人には原文を見てもらいたい。大幅にはしょって言うと

哲学的、宗教的なまことの幸福の状態
 
で、これがserenità>と解釈できる。
 
calm の訳語に<おだやかな>があるが calm と<おだやかな>ではかなりの違いがある。 
 
Keep Calm and Carry On

という有名な言葉があるが、これは<冷静な(に)>が適当だろう。

<おだやかな>には犯(おか)しがたい神聖なところがある。心を<なごます>というより、心を<清(きよ)ませる>のだ。清(きよ)むと心はしばし別世界に入ったように(少なくとも、目に前に小さな別世界があるようで)<おだやかな>心になる。ここから<幸福の状態>になるのは飛躍で、<しばしの別世界>がむしろいいのだ。

禅宗か何かでは<無心>の状態というのがある。よくわからないところが禅宗だが、雑念、邪念、余計な思い、考えがあると<無心>にはなれない。昔、中学生のころ剣道部の先輩が<無念無想が剣道上達の極意>というようなことをいっていた。<無心>の状態と<おだやかな心>は同じようようでもあり、違うようでもある。<おだやかな心>になると余計なことはわすれる、のはたしかのようだ。

 

別のところで<ハスの花の美>を題材にして次のように書いた。  

心おだやかにしてハスの花さらに美し。

(ハスの花の場合には、 ハスの花をみると心がおだやかになる。そのおだやかなになった心でハスの花を見るとハスの花はさらに美しくなる、という関係を表現したもの。)

 さらに一般化して

心おだやかにして見るものさらに美し。

 

sptt

Monday, August 10, 2020

しあわせとのめぐりあい


<しあわせとのめぐりあい(幸せとの巡ぐり会い)>は映画か恋愛小説の題名になりそうだ。

<しあわせ>は<しあわす>由来。<(xx) しあわす>とは<たまたま(xx)する>の意で、<居あわせる(たまたまいる)>、<ありあわあせ(たまたまある)>、<乗りあわせる(たまたま一緒に乗る>の類だ。<めぐりあう>も<たまたまめぐりめぐって会う)の意だ。したがって、それほど悲観することもないが、<しあわせとのめぐりい>の原意には<たまたま>が二度もでてくるので、実現はかなり低い可能性(蓋然性)になる。 <しあわせとのめぐりあわせ(幸せとの巡ぐり会わせ)>とすると少しニュアンスが違ってきて、こちらの方は<誰かが、何かがめぐり合わせる、合わさせる>感じになる。

似たような言い方に<出あう>、<出あい>、さらには<出あわす>。なぜか<出あわせる>、<出あわせ>はあまり使われないようだ。 <出あわし>はほとんど聞かない。また<出あい>は<めぐりあいい>、<めぐりあわせ>ほど複雑ではなく、<しあわせとの出会い>は映画や小説の題名にはなりにくい。

別のところで調べて書いておいたが、この種の言い方に次のようようなものがある。

生れあわす
落ちあう、落ちあわせる
待ちあわせる

いずれもやまとことばらしいいい表現だ。

 

sptt

 

Tuesday, August 4, 2020

<かび>と<さび>


<かび>も<さび>も<表面を覆うように生(は)える>という共通の意味がある。やまとことばの遊びになるが調べて見る。

あび -> あびる、あびせる
かび -> かびる、かぶる
さび -> さびる
たび -> たびる (たぶらかす)
なび -> なびる、なびく
はび -> はびる、はびこる
まび -> まびる、まぶす
やび -> やびる
わび -> わびる


あび -> あびる、あびせる

<あび>だけでは使われないが<水あび>とはいう。<あびる>は

水をあびる
非難をあびる

のように使われ水や非難が身の<表面を覆う>ことだ。<あびる>は<もらう>と同じで<を>をとる他動詞だが、英語では to be given になる。

 

かび -> かびる、かぶる

<かぶる>も <表面を覆う>といえないことはない。

たび -> たびる

<たび>も<たびる>も、このグループの意では使われないが

たぶらかす

が関連ありそう。 ウソやゴマカシで相手を覆ってだますことだ。<たぶる>という動詞はあったかもしれない。

なび -> なびる、なびく

<旗がなびく>も関連ありそうだが、<風に草がなびく>は風である程度まとまった草の表面が一斉に同じような方向に折れ曲がる様子をあらわす。擬人的にも使われる。当時みな新しい民主主義の思想(の風)になびいた。

はび -> はびる、はびこる

<はび>も<はびる>も使われないが、<はびこる>は<この一帯は悪がはびこっている>のように使われ、これまた<表面を覆うように生(は)えている>の意がある。<カビがはびこる>、<サビがはびこる>とはいえる。<こる>は<肩がこる>、<こりかたまる>の<こる>で頑固(がんこ)に定着している様子を表わすようだ。

まび -> まびる、まぶす

これも<まび>も<まびる>も使われないが、<まぶす>は<きな粉をまぶす>のように使う。きな粉でものの<表面を覆う>jことだ。

やび -> やびる

これは連想が働かない。 

わび -> わびる 

ひとの言動でもとの意味に<表面を覆う>ような意味はないようだが、<感覚的>に点や線ではなく<面>での対応、言動のようで、効果がありそう


sptt 
  
 


Monday, June 8, 2020

<それにつけても>とはどういう意味か?


<それにつけても>はまれに私も使うが、意味を考えずに(無意識に)使っている。<説明しろ>と言われてもすぐには回答が出てこない。

似たような言い方に<それはそうと>がある。こちらのほうが使用頻度は多い。これまた意味を考えずに(無意識に)使っているが、<それはそうと>は<それはそうとして>の短縮形でさらに言い換えると<それはさておき>で、<それ>から離れて話題を少し変える時に使うようだ。

<それについても>という言い方があるが、こちらは慣用的な言い方ではなく

(あれについては反対意見があるが)それについても反対意見がある。

で<ついて>の一般的な言い方に追加の<も>がついた言い方だ。

<それにつけても>にもどると、問題は<つけても>だ。<つける>は<xxをつける>で他動詞。<つける>は

xxをyyに付ける(着ける)
yyにxxを付ける(着ける)

髪にリボンをつける。
正解に〇(まる)をつける。

のように使う。したがって<それにつけても>は<yyにつけても>で<xxを>がない、あるいは<xxを>省略した言い方だ。

一方<それにつけて> という言い方はありそうでない。したがって<それにつけても>の<も>も意味がある。<も>は何かに何かを付け加える言い方で使われる。<何かに何かを>の<何かに>は<それに>で、<それ>は了解されている、話題になっている<何か>だ。一方<何かを>の<何か>は言及されていない。上記の<yyにxxをつける>の例文は、意味をもう少し考えると<yyにxxをつけ加える>と解釈できる。<髪にリボンをつけ加える>、<正解に〇(まる)をつけク加える>。この論法を使うと<それにつけても>は<それにつけ加えても>になる。だがこれは長すぎ、普通は<それにつけ加えて>で、了解されている、話題になっている<何かに><何か>付け加える、追加言及するときに使う。<それにつけ加えても>が少し変なのは<つけ加える>自体に追加言及の意があるのにこれまた追加言及の意がある<も>がつくからだろう。話はこんがらかってきているが追加の意がある<加え>がない<それにつけて>は<も>がついても変ではなく<それにつけても>となる。したがって<それにつけても>は追加言及をするときの前口上的な面がある。<ところで>やすでに取り上げた<それはそうと>は話題を少し変える時に使う。<それにつけても>も話題を少し変える時に使うが、<それはそうと>に比べると了解されている、話題になっている<何か>の<それ>との関連度が強く、<それに付け加えることになるが>の意の前口上といえるのではないか?

以上の論法は<こじつけ>的なところがあるが、もう少し一般的に見ると、<つける>は<xx を yy に関連、関係づける>の意があり、しつこいようだが言い換えると<xx と yy の間に関連、関係を作(つく)る>働きがり、そしてここが文法では肝心なところなのだが、その<関連、関係>は表だってに出てこない(言外にある)、implicit なのだ。


例を作ってみる。



太郎が来てればいい意見が聞けるのだが、まだ来ない。
それにつけても、太郎は来るのが遅いな(あ)。

花子はまた仕事ででミスをした。
それにつけても、ミスが多いな(あ)、花子は。

大体上記の説明にあっている。上の例文では<それにつけても>は上記のような意味以外に感嘆の<(あ)>が含まれているようだ。あるいは位置は逆になるが<それにつけても、. . . . . あ>で一種の<前口上係(かかり)結び>と言える。


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